あなたの色彩
水晶玉のようなまあるい瞳が、まっすぐに私を見つめている。彼女と私の他には誰もいない小さな空間では、時間さえも足を止めているかのようだった。
私は木でできた椅子に腰掛けたまま、キャンバス越しに彼女をじっと観察していた。彼女もまた、キャンバスにしきりに筆を走らせながら私をじっくりと観察しているようだった。
油絵具の匂いが、狭い倉庫のなかに充満している。アトリエですらないこの物置で、彼女はもう随分長いこと私を描いている。私の絵は今描いているものでもう五枚目だ。
「……ねぇ。少し、聞いてもいいかな」
「うん……どうしたの?」
「絵を……私を描くのって、楽しい?」
「……ううん。ちっとも」
「それじゃあどうして何枚も私を描いているの?」
「なんでだろうねえ」
彼女がくすくす笑いながらそう言うのを、私は食い入るように見つめた。どうやら彼女はわかっているくせにわざととぼけているらしい。
私の表情や雰囲気を精密に写し取る彼女のように、注意深く観察すれば、私にも彼女の色彩を垣間見ることができるかもしれない。そう思って見つめてみても、彼女の心はちっとも見えそうになかった。
「気になるの?」
「うん。教えてくれる?」
「いいよ。大したことじゃないしね」
案外あっさりと、彼女は私の頼みを承諾してくれた。しかし彼女が筆を休めることはなく、片手間に話すその口調はどこか曖昧でふわふわしているようだった。
「凪砂くんは、きっとよく言われると思うんだけど、すごく綺麗な顔立ちをしてるでしょ。だからなのかなぁ、なんかどれだけ描いても満足いかないっていうか……凪砂くんのこと、ちゃんと描ききれなくて悔しい……みたいな。こんなに綺麗で格好良いのにちっとも描けてないから」
彼女のこれまでに完成させた私の絵は、どれも驚くほど精巧で綺麗だった。鏡で自分を見るのとも、仕事で撮る写真を見るのとも違う。彼女の描く私は、そういう見慣れた自分自身よりずっと美しい。それでもまだ足りないというのだから、彼女の目には私のことが想像を絶するほど美しく映っているのかもしれない。
「……君の目には、私がどんなふうに映っているのかな。もし君が描いてくれるとおりに映っているなら、すごく嬉しい。光栄だとも思う」
「バイアスかかってるのかな? 好きな人は輝いて見えるって言うもんね」
「…………そうなの?」
「うん……」
彼女は生返事をして、五秒ほど経過してからピタリと筆を止めた。そしてもう十秒ほど固まったまま動かなくなり、ほんのり色づいた頬をぎこちなく持ちあげて私を見た。
「今私なんて言った?」
「私のことが好き、って聞こえたよ」
「……ごめん、何にも考えずに喋っちゃった。いや、他意とかはないから忘れて」
「私は忘れたくないんだけど、君がどうしてもと言うならそうしたほうがいいのかな」
彼女はとうとう筆を置いて、膝の上に手を置いた。項垂れて長く息を吐き、弾かれるようにバッと顔を上げる。いつもとは少し違う揺れた熱っぽい視線に、思わず背筋が伸びるのを感じた。
「ううん、なら忘れないで。私、凪砂くんのこと好きだよ。凪砂くんのことが知りたくて仕方ないから、こうしてジッと見つめて絵にしようとしちゃうんだと思う」
「……そう。うん、嬉しい。君の絵は好きだし、君にこうして見つめられるのも心地良いけれど、でもお互いを理解するためにはやっぱり言葉を交したほうが良いのかもしれない。……君さえ良ければ、私達、もっと話をしよう」
おもむろに立ち上がって、彼女に近付く。色づいたキャンバスを越え、そっと彼女に手を伸ばした。彼女ははにかみ笑い、絵具のついた手で控えめに私の手を握り返してくれた。
私は木でできた椅子に腰掛けたまま、キャンバス越しに彼女をじっと観察していた。彼女もまた、キャンバスにしきりに筆を走らせながら私をじっくりと観察しているようだった。
油絵具の匂いが、狭い倉庫のなかに充満している。アトリエですらないこの物置で、彼女はもう随分長いこと私を描いている。私の絵は今描いているものでもう五枚目だ。
「……ねぇ。少し、聞いてもいいかな」
「うん……どうしたの?」
「絵を……私を描くのって、楽しい?」
「……ううん。ちっとも」
「それじゃあどうして何枚も私を描いているの?」
「なんでだろうねえ」
彼女がくすくす笑いながらそう言うのを、私は食い入るように見つめた。どうやら彼女はわかっているくせにわざととぼけているらしい。
私の表情や雰囲気を精密に写し取る彼女のように、注意深く観察すれば、私にも彼女の色彩を垣間見ることができるかもしれない。そう思って見つめてみても、彼女の心はちっとも見えそうになかった。
「気になるの?」
「うん。教えてくれる?」
「いいよ。大したことじゃないしね」
案外あっさりと、彼女は私の頼みを承諾してくれた。しかし彼女が筆を休めることはなく、片手間に話すその口調はどこか曖昧でふわふわしているようだった。
「凪砂くんは、きっとよく言われると思うんだけど、すごく綺麗な顔立ちをしてるでしょ。だからなのかなぁ、なんかどれだけ描いても満足いかないっていうか……凪砂くんのこと、ちゃんと描ききれなくて悔しい……みたいな。こんなに綺麗で格好良いのにちっとも描けてないから」
彼女のこれまでに完成させた私の絵は、どれも驚くほど精巧で綺麗だった。鏡で自分を見るのとも、仕事で撮る写真を見るのとも違う。彼女の描く私は、そういう見慣れた自分自身よりずっと美しい。それでもまだ足りないというのだから、彼女の目には私のことが想像を絶するほど美しく映っているのかもしれない。
「……君の目には、私がどんなふうに映っているのかな。もし君が描いてくれるとおりに映っているなら、すごく嬉しい。光栄だとも思う」
「バイアスかかってるのかな? 好きな人は輝いて見えるって言うもんね」
「…………そうなの?」
「うん……」
彼女は生返事をして、五秒ほど経過してからピタリと筆を止めた。そしてもう十秒ほど固まったまま動かなくなり、ほんのり色づいた頬をぎこちなく持ちあげて私を見た。
「今私なんて言った?」
「私のことが好き、って聞こえたよ」
「……ごめん、何にも考えずに喋っちゃった。いや、他意とかはないから忘れて」
「私は忘れたくないんだけど、君がどうしてもと言うならそうしたほうがいいのかな」
彼女はとうとう筆を置いて、膝の上に手を置いた。項垂れて長く息を吐き、弾かれるようにバッと顔を上げる。いつもとは少し違う揺れた熱っぽい視線に、思わず背筋が伸びるのを感じた。
「ううん、なら忘れないで。私、凪砂くんのこと好きだよ。凪砂くんのことが知りたくて仕方ないから、こうしてジッと見つめて絵にしようとしちゃうんだと思う」
「……そう。うん、嬉しい。君の絵は好きだし、君にこうして見つめられるのも心地良いけれど、でもお互いを理解するためにはやっぱり言葉を交したほうが良いのかもしれない。……君さえ良ければ、私達、もっと話をしよう」
おもむろに立ち上がって、彼女に近付く。色づいたキャンバスを越え、そっと彼女に手を伸ばした。彼女ははにかみ笑い、絵具のついた手で控えめに私の手を握り返してくれた。