「……嘘でしょ?」
「やぁやぁ、お待ちしていましたよ、なまえ様!お父さまはご一緒でないので?」
「いないわよ、でも待って、茨だなんて聞いてない」

約束の時間、約束の場所にスーツで私を待っていたのは、私の最愛の人だった。手を差し出され、大人しくレストランの席までエスコートされる。

「……ちょっと理解が追いつかないんだけど……お父さまを口説き落として、巴家との縁談を蹴落として私を許嫁にした実業家の青年って、茨なの?」
「えぇ、そうなりますね」

「信じらんない。本気で言ってる?……いつの間にそんなに偉くなったの?」
「お互いさまですよ。自分も色々あったので、今はアイドル活動・学業・会社経営をやってます。全部成功してますし、総資産も中々ですよ」

私が言葉を失っていると、テーブルを挟んで向かいに茨は、私の手を取った。そしてどこからか指輪を取り出し、許可も取らず、有無を言わさず、私の薬指に指輪を嵌めた。

「俺は、初恋のアンタが死んじまって、二度と恋なんか出来ないだろうなって思ってた。……でも生きてるなら、何がなんでも手に入れる。もう失いたくないからな」
「…………狡い」

泣きながら、絞り出すようにそう言うと、茨は優しく涙を指先で拭ってくれた。あの頃より低い声、少し切った髪、男らしい体格。……それでもふたりとも、心はあの頃から何にも変わっちゃいない。

「好きですよ。俺がそうされたぶん、アンタの人生、めちゃくちゃにしてやりますから」
「……うん、喜んで」

引き剥がされた時間は苦痛だった。けれどきっとこのまま一緒にいれば、死ぬときには、苦痛なんて忘れてしまっているだろう。

だから死がふたりを分かつそのときまで、どうか今度は、そばにいさせてね。