「……今日誰かに……ううん、兄者に会ったの?」

帰宅したなまえから、するはずのない嗅ぎなれた匂いがしてつい声を低くしてしまった。俺の座るソファの空いたスペースをポンポンと叩くと、なまえはちょこんと腰を下ろして俺を見る。

「うん、今日たまたまお会いして少しだけお話したの」
「は? ……なんで」
「え……っと、本当にたまたまだと思うけど……バイト先にいらっしゃって、私もちょうど上がりの時間だったら」
「……ふぅん、そう。かっこよかったでしょ、あの人」

 試すようなことを言い放った俺を、なまえはどう思ったんだろう。でも言葉にして確かめてみたかったんだと思う。あの完璧な人に会っても、それでも変わらず俺を選んでくれるって言ってほしかった。

「うん、そうだね。すごくかっこよくてびっくりしちゃった」
「そう。それで、俺のこと捨てちゃうの?」
「えっ?」

 つい、咄嗟になまえの細い手首を掴んでそのままソファに押し倒してしまった。なまえは驚いたようにぽかんと目を丸くして俺を見上げている。

「ねぇ、たとえお兄ちゃんでも、他の男のことかっこいいなんて言ってほしくないんだけど」
「……ごめんなさい。あの、誤解だよ、お兄さんも凛月くんそっくりだからかっこいいなって思っただけなの」
「なにそれ」
「いや、ほんとにごめんね、お兄さんには失礼だと思うんだけど。凛月くんに似てるなぁ、って思っただけだよ」

 勝手に焦って勝手に嫉妬して、しかも無理やり押し倒したりなんかしたのに、なまえはちょっと照れたように笑って俺のほっぺたを撫でてくれた。その手が温かくて柔らかくて、行き場を失った愛おしさが勝手に体を動かすせいでなまえを力いっぱい抱きしめてしまった。

「今日の凛月くんは甘えんぼさんだね」
「……うん、苦しゅうない。いっぱい甘やかしていいよ」
「お、任せなさい。よーしよしよし」

 やさしく頭を撫でられながら、俺は潰しちゃわないようになまえをぎゅうっと抱きしめていた。本当は誰にもとられたくないから誰にも会わせたくないし、ずっとずっとこうやって俺だけの傍にいてほしい。

でも流石にそんなことは叶いっこないから、せめてものマーキングにとなまえの首筋にかぷりと噛みつき痕をのこした。

 ……まぁそれはそれとして、また今度兄者にはお灸を据えておかないとね。