勝負あり
「映画?」
「ええ! 試写会のチケットをたまたま二枚いただきまして。確かこのジャンルのものがお好きだったと記憶しているのですが、ご一緒にいかがです?」
そう言って誘ってみたところ、彼女は三秒ほどポカンと腑抜けた顔でこちらを見つめ、その後これまた間抜けな顔で笑って頷いた。
「これ気になってたんだ〜、ぜひぜひ」
映画のチケットを偶然もらって……なんて使い古された常套手段だ。が、わざわざ奇を衒う必要もないだろう。とにかく休日に二人で外出するところから始めなければ何も始まらないのだから。
観終わったあと自然に夕食に誘うべく、映画は夕方から夜にかけての時間に上映するものを選んだ。集合は昼下がりにして映画を観たあと夕食――これまたベタではあるが、逆に言えばしくじる可能性がかなり低いプランだ。
これはまだボクシングで言うところのジャブ、距離感を測るための第一歩にすぎない。気張らず驕らず、自然体でエスコートすれば次の機会が自ずとやってくる筈だ。
そして当日。映画を観終えて予定通り夕食を共にした、というところまでは完璧だった。
「茨くん、お家来る?」
「はい?」
「私はお家で飲み直そうと思うんですけれども。一緒にどお?」
夕食でも軽く酒を飲んでいた彼女は、真意の読めない笑顔を浮かべてそんな誘いをかけてきた。
試されているような気もするし、何も考えていないようにも見える。今日はかなり軽い気持ちで来ていた自分にとって、彼女の誘いはあまりに突然すぎた。
「えぇと。それは自分がお邪魔しても良いのでしょうか?」
「あはは、ダメなら誘わないよ」
「それはそうですけど」
「来るの? 来ないの?」
この女! と内心では苦い顔をしつつ、しかし覚られないように満面の笑みを浮かべてやった。
「では、僭越ながらお邪魔させていただいてもよろしいでしょうか?」
「うん、いいよ。じゃあコンビニ寄って行こっか」
彼女が満足そうに笑うのを見て、一旦息を吐いた。断るべきだったとは、正直思えない。ここで断った場合次の機会がくるとは思いがたい。が、しかし、だからと言ってこのまま家に上がり込んでしまうのもそれはそれで良くないような気もした。
問題なのは彼女が何を望んでいるのかがわからないということだ。
「どーぞ、ちょっと散らかってるけど」
「いえいえ、お邪魔します」
「ふふ、茨くんお持ち帰りされちゃったね」
1LDKの狭い部屋には簡素な座卓とベッドが置いてある。ものの少ない部屋だ。彼女はニコニコ笑いながら平然とベッドに腰掛けた。俺がどこに座るべきか迷っていると、彼女はポンポンと自分の隣を叩く。
「貴女、わかっててやってますよね?」
「なにが?」
とぼけた顔で笑うのが、悔しいことに可愛く見えて目を逸らした。そのまま投げやりに彼女の隣へ腰を下ろすと、彼女がこちらへ缶チューハイを渡してくる。
「ん」
「あぁ、どうも」
「なんか茨くん、借りてきた猫ちゃんみたい」
「……酔ってます?」
カシュ、と缶のプルタブを開けて、緊張を誤魔化すようにごくごくと一気に酒を煽った。彼女は袋から別の缶チューハイを取り出しながら生返事を返す。
「んー、どうだろ? まだそんなに酔ってないよ」
「そうですか」
「前後不覚になるほどではない……かな」
「それでも自分を家に上げたのはどうせ手を出さないと思ってるからですか?」
「え」
早くも空になった缶を座卓のうえに置き、くらくらとアルコールに浮いた頭のまま、勢いに任せて彼女をベッドに押し倒した。
「ナメられてるみたいで普通にムカつきます」
「あ、そうなんだ……」
「そうなんだってなんですか」
「いや、なんか茨くんってちょっとずれてて可愛いよね」
何を、と反論しようとするも、すかさず首に腕を回して引き寄せられ、そのまま唇を塞がれてしまった。
「襲われないと思ってるというよりは、襲っちゃおうと思ってるのほうが正しいかも」
「は、っちょっと、待っ」
「待たない」
軽々と上下を反転させられた、その後の記憶はほとんどない。もしかすると最初から策略に嵌っていたのは自分のほうだったのかもしれない……なんて、信じたくはないがきっと実際そうなんだろう。満足げな彼女の寝顔をぼんやり眺め、一人で黙って顔を顰めた。
「ええ! 試写会のチケットをたまたま二枚いただきまして。確かこのジャンルのものがお好きだったと記憶しているのですが、ご一緒にいかがです?」
そう言って誘ってみたところ、彼女は三秒ほどポカンと腑抜けた顔でこちらを見つめ、その後これまた間抜けな顔で笑って頷いた。
「これ気になってたんだ〜、ぜひぜひ」
映画のチケットを偶然もらって……なんて使い古された常套手段だ。が、わざわざ奇を衒う必要もないだろう。とにかく休日に二人で外出するところから始めなければ何も始まらないのだから。
観終わったあと自然に夕食に誘うべく、映画は夕方から夜にかけての時間に上映するものを選んだ。集合は昼下がりにして映画を観たあと夕食――これまたベタではあるが、逆に言えばしくじる可能性がかなり低いプランだ。
これはまだボクシングで言うところのジャブ、距離感を測るための第一歩にすぎない。気張らず驕らず、自然体でエスコートすれば次の機会が自ずとやってくる筈だ。
そして当日。映画を観終えて予定通り夕食を共にした、というところまでは完璧だった。
「茨くん、お家来る?」
「はい?」
「私はお家で飲み直そうと思うんですけれども。一緒にどお?」
夕食でも軽く酒を飲んでいた彼女は、真意の読めない笑顔を浮かべてそんな誘いをかけてきた。
試されているような気もするし、何も考えていないようにも見える。今日はかなり軽い気持ちで来ていた自分にとって、彼女の誘いはあまりに突然すぎた。
「えぇと。それは自分がお邪魔しても良いのでしょうか?」
「あはは、ダメなら誘わないよ」
「それはそうですけど」
「来るの? 来ないの?」
この女! と内心では苦い顔をしつつ、しかし覚られないように満面の笑みを浮かべてやった。
「では、僭越ながらお邪魔させていただいてもよろしいでしょうか?」
「うん、いいよ。じゃあコンビニ寄って行こっか」
彼女が満足そうに笑うのを見て、一旦息を吐いた。断るべきだったとは、正直思えない。ここで断った場合次の機会がくるとは思いがたい。が、しかし、だからと言ってこのまま家に上がり込んでしまうのもそれはそれで良くないような気もした。
問題なのは彼女が何を望んでいるのかがわからないということだ。
「どーぞ、ちょっと散らかってるけど」
「いえいえ、お邪魔します」
「ふふ、茨くんお持ち帰りされちゃったね」
1LDKの狭い部屋には簡素な座卓とベッドが置いてある。ものの少ない部屋だ。彼女はニコニコ笑いながら平然とベッドに腰掛けた。俺がどこに座るべきか迷っていると、彼女はポンポンと自分の隣を叩く。
「貴女、わかっててやってますよね?」
「なにが?」
とぼけた顔で笑うのが、悔しいことに可愛く見えて目を逸らした。そのまま投げやりに彼女の隣へ腰を下ろすと、彼女がこちらへ缶チューハイを渡してくる。
「ん」
「あぁ、どうも」
「なんか茨くん、借りてきた猫ちゃんみたい」
「……酔ってます?」
カシュ、と缶のプルタブを開けて、緊張を誤魔化すようにごくごくと一気に酒を煽った。彼女は袋から別の缶チューハイを取り出しながら生返事を返す。
「んー、どうだろ? まだそんなに酔ってないよ」
「そうですか」
「前後不覚になるほどではない……かな」
「それでも自分を家に上げたのはどうせ手を出さないと思ってるからですか?」
「え」
早くも空になった缶を座卓のうえに置き、くらくらとアルコールに浮いた頭のまま、勢いに任せて彼女をベッドに押し倒した。
「ナメられてるみたいで普通にムカつきます」
「あ、そうなんだ……」
「そうなんだってなんですか」
「いや、なんか茨くんってちょっとずれてて可愛いよね」
何を、と反論しようとするも、すかさず首に腕を回して引き寄せられ、そのまま唇を塞がれてしまった。
「襲われないと思ってるというよりは、襲っちゃおうと思ってるのほうが正しいかも」
「は、っちょっと、待っ」
「待たない」
軽々と上下を反転させられた、その後の記憶はほとんどない。もしかすると最初から策略に嵌っていたのは自分のほうだったのかもしれない……なんて、信じたくはないがきっと実際そうなんだろう。満足げな彼女の寝顔をぼんやり眺め、一人で黙って顔を顰めた。