屋台の香り、はしゃぐ子供たちの声、少し蒸し暑い気温と人の波、それから隣を歩く浴衣姿の恋人。どれをとっても幸せだった。

着慣れない浴衣も履きなれない下駄も、非日常感をかき立て胸を踊らせてくれる。私がこっそり敬人の横顔を見てニコニコしていると、視線に気づいた敬人がこちらを見て小さくため息をついた。

「きちんと前を向いて歩け。全く度し難い……」
「ふふ、ごめんなさい。やっぱり浴衣似合うなぁって思って」
「まぁ、和装は袖を通す機会も多いからな。しょうに合っているとは思う。お前も…………いや、それよりさっきから歩き回っているだけだが、何か買わなくて良いのか」
「あ、敬人に見とれててすっかり忘れてた。私、りんご飴と綿飴が食べたいな〜……あと焼きそばと、あ、牛串も美味しそう」

 手を繋いだまま周りにある屋台を見回すと、不意に肩を抱き寄せられた。びっくりして敬人を見上げるが、どうやら人にぶつかりそうだったらしく、少しだけ眉間に皺が寄っていた。

「お前は食べ物しか頭にないのか。今前を向いて歩けと言ったばかりだろう」
「あはは、ごめんなさい……」

しっかりと手を繋ぎ直される。熱いくらいの手が心地よかった。いつもより近い距離で歩いて、大きい綿飴を買いふたりで分け合ったり、かき氷を食べて変わった舌の色を笑いあったり、お腹いっぱいになって食べきれなくなった焼きそばを叱られながら敬人に託したり、夢よりずっと夢みたいな幸せな時間を噛み締めた。

 たくさん歩き回って、そろそろ花火の打ち上がる頃だからと見晴らしのいい高台へ向かう。けれど履きなれない下駄で歩いていたせいか、途中でたまらなく足が痛んできてしまった。何とかバレないように振舞っていたけれど、ふと、高台へ向かう途中で敬人が足を止めた。

「……少し休むか。この辺りでも充分、花火は見れるはずだ」
「えっ、なんで」
「そんな足でこれ以上歩いて、悪化したらどうするつもりだ」

敬人は軽くため息をつき、私の手を離した。それから当たり前のように私の前に背を向けてしゃがみ込んだ。

「えっと……?」
「えっと、じゃない。おぶってやるから早く乗れ」
「いやでも、お、重いよ! それにちょっとくらいなら大丈夫、」
「ほう、俵担ぎのほうが良いか?」
「おんぶでお願いします」

 有無を言わせぬ鋭い眼光にそれ以上何も言えず、大人しく彼の背中に身体を預けた。彼は軽々と私をおぶって立ち上がり、近くのベンチまで運んでくれた。そのうえ、どこからか絆創膏を取り出して靴擦れしてしまったところに貼り付けてくれた。

「何故こうなる前に言わないんだ、連れ回した俺も悪かったが、少しでも痛むならすぐに言え。全く度し難い」
「うん……ごめんね、ありがとう」

敬人は改めて私の隣に座ると、ちょっとだけぎこちなく、私の手に自分の手を重ねてきた。

 眼鏡のレンズ越しに、綺麗な瞳と目が合う。私はなにか言おうとして、でもやっぱりちょうどいい言葉が浮かばなくて黙り込んだ。

「……こうして隣を歩けることは俺も嬉しい。だが頼られないのは少し癪だ。思ったことも感じたことも、なるべく俺に教えてくれ」
「うん。……うん、そうだね。次からはちゃんと言うよ」

敬人の手がそっと私の頬を包んで、どちらからともなくこつんと額を合わせる。と、そのとき花火が大きな音を立てて夜空に咲いた。けれど花火には目もくれず、そのままキスをした。

「……俺も浮かれているな」
「ふふ、私も。敬人、大好きだよ」
「あぁ。知っている」

 ふ、と少し意地悪な笑みを浮かべて、敬人は私から手を離した。そこは大好きって返してくれないんだ、と心のなかで悪態をつきつつ、彼の視線を追って次々打ち上がる花火を見上げる。

 きっとこんなに浮かれてしまうのも、屋台の安い食べ物がすごく美味しく感じるのも、花火がこんなに綺麗に見えるのも、全部敬人のせいだ。隣にいる敬人の肩に頭を預けて、またひとりでくすくす笑った。