東を見れば、遠くの空が白んでいるのが見えた。夜と朝の境目の時間、澄んだ空気のなかで私は恋人と手を繋いで散歩をしている。

自分より大きな骨ばった手に包まれたまま人がいない海沿いの道を歩いていると、なんだか世界には今私たち二人しかいないような気分になった。

「ちょっと砂浜におりていかない?」

ふと、薫くんがそんな提案をした。私はほんの少しだけ迷ってから彼の手を握り直し、頷いた。

 石の階段をおりて、足の沈む砂浜を慣れないながらにさくさくと歩いていく。潮風が涼しくて気持ちよかった。ふと隣にいる薫くんを見ると、向こうの方から射し込んでくる朝陽を浴びてきらきら光っているように見えた。

「海、好きなんだよね。……ってこれは何回も聞いてるか」
「うん。薫くんといえば、みたいなところあるよね」
「……答えたくなかったら良いんだけどね、もしかして、海苦手だったりする?」
「えっ」

 どうして、という言葉は、「そんなことないのにどうして」ではなく「どうしてわかったの」という意味で頭に浮かんだ。さざ波の音を聴きながら、私はそっと彼の手を離した。

「……ごめんね。ほんとはちょっと、怖いの」
「そっか」

彼は苦笑してそう返すと、服が汚れるのも気にせず砂浜に座り込んだ。彼につられて、おずおずと腰をおろす。

 本当は、好きなひとのことを余すことなく理解したかった。薫くんの好きだと思うものに全部共感したかったし、好きなことは共有してみたかった。それでも、薫くんの一番好きな海を、私はどうしても愛せなかった。足のつかない不安定と未知の恐怖だけは拭いされなかった。

「こうやって見てるぶんには平気?」
「ん……うん」

私が微妙な返事をすると、薫くんは笑って私の手をとった。あたたかな体温がじんわりと肌に伝わってくる。

「俺はさ、お互いの好きなものとか好きなこと、全部理解しあえなくてもいいんじゃないかなって思うんだよね」
「……理解してもらえないのは寂しくない?」
「寂しいといえばそうかもしれないけど、なんて言うんだろう、お互い別の人間だからこそこうやって一緒にいる、みたいなところない? 自分にないものを持ってるから惹かれるっていうか」
「それは……なんとなく、わかるけど」

 だからね、と彼は優しい声色で話を続ける。段々、夜が朝へと塗り替えられていく。

「無理して好きになろうとしなくていいんだよ。俺はそのまんまのなまえちゃんが大好きなんだから」

私は思わず、ちょっとだけ目を細めてしまった。まぶしくて直視できなかった。

「……うん、私も、大好きだよ」

 波にさらわれそうなくらい小さな声でそう言うと、薫くんは少し照れくさそうに、でも嬉しそうに笑ってくれた。遠くで蝉の鳴く声が聞こえ始める。

ああきっと、こういうのでいいんだ。これだけでいいんだ。趣味を共有できなくても、好きな気持ちさえお揃いだったら、それだけで。