花火のない夜
「花火しよ」
と、コンビニで売っているような手持ち花火の袋を持って彼女がやって来たのが、確か夜中の二時だった。
夜中の二時になんの前触れもなくインターホンがなったときの恐怖ときたら。恐る恐るドアスコープを覗くと彼女が缶チューハイと花火を手に佇んでいたので、つい笑ってしまった。翌日もオフだからと二つ返事で承諾して、財布とスマホだけ持ち彼女と近くの河原に向かった。
「にしても、何故こんな時間なんじゃ。普通はみな眠っている時間じゃけど」
「眠れなくてさ。お酒飲んでたら花火したくなったの、それで零なら起きてるだろうなって思って」
「なるほどのう」
「迷惑だった?」
隣を歩く彼女が、試すようにこちらを見上げて笑った。わざとか否か、彼女の空いた右手をとることもできないまま視線を逸らす。
「いいや、大丈夫じゃよ。ちょうど暇しておったところじゃ」
「そっか。なら良かった」
さく、さく、といつもより狭い歩幅で彼女に合わせて歩く。夏ももう終わるころ、真夜中の風は少しだけ秋の香りを漂わせている。しかし寒いからと理由をつけて手を握るには、まだ暑い。
「あ……」
「おや」
しばらく歩いてようやく到着した河原だったのだが、生憎、「花火禁止」の看板が立てられていた。
「あ〜……そっか。まあ、そうだよね」
残念じゃのう、と声をかけようと隣を見ると、彼女は突然その場に膝を抱えるようにしゃがみこんでしまった。泣いているらしい。こんな夜中に突然訪ねてくる時点で何かあったんだろうとは何となく察していたが、まさか突然泣いてしまうとは思わなかった。
「……え〜と、その……よしよし、残念じゃったのう」
「……零」
「うん?」
「抱いて」
は、と声が出そうになるのを抑えて、一度深呼吸をし、目線を合わせるように彼女の隣へしゃがみ込んだ。
「なにがあったのかは知らぬが、そういうのは関心せんのう」
「私別に子供じゃないし、わかってるし、そういうのいいから」
彼女は頑なに顔は上げないまま、拗ねた子どものように震えた声を出した。俺は指一本彼女に触れられないで、ただちょうどいい言葉だけを探して少しだけ黙った。
「どうして我輩なのじゃ。よりにもよって」
「…………わかんない」
「ちょうど良いときに傍におったからかや? それとも我輩なら断らなさそうだからかのう。いずれにせよ……ひどい話じゃ。今おぬしに手を出したら、おぬし、我輩には近寄らなくなるじゃろ」
「そしたらこまる?」
「すごくこまる」
やっと顔を上げた彼女は、目もとをまだ濡らしたままくすりと微笑んで俺を見た。ほんの少し安堵し、その柔らかそうな頬を指先でつついてみる。
「おぬしが元気なときに、もう一度言っておくれ」
「言っていいの?」
「元気なときならいつでも歓迎じゃ」
「……うん」
とどのつまり、好きだから一夜だけの関係にしたくない、ということをそれとなく伝えたかったのだが伝わっただろうか。ちょっと躊躇ってから彼女の頭を撫でると、彼女は心地良さそうに笑ってくれた。
結局使わなかった花火の袋を持って、誰もいない夜道をまたふたりで歩く。今度こそ思いきって手を繋ぐと、彼女は何も言わずにそっと手を握り返してくれた。涼しい夜風が微かに熱い頬を撫でた。
と、コンビニで売っているような手持ち花火の袋を持って彼女がやって来たのが、確か夜中の二時だった。
夜中の二時になんの前触れもなくインターホンがなったときの恐怖ときたら。恐る恐るドアスコープを覗くと彼女が缶チューハイと花火を手に佇んでいたので、つい笑ってしまった。翌日もオフだからと二つ返事で承諾して、財布とスマホだけ持ち彼女と近くの河原に向かった。
「にしても、何故こんな時間なんじゃ。普通はみな眠っている時間じゃけど」
「眠れなくてさ。お酒飲んでたら花火したくなったの、それで零なら起きてるだろうなって思って」
「なるほどのう」
「迷惑だった?」
隣を歩く彼女が、試すようにこちらを見上げて笑った。わざとか否か、彼女の空いた右手をとることもできないまま視線を逸らす。
「いいや、大丈夫じゃよ。ちょうど暇しておったところじゃ」
「そっか。なら良かった」
さく、さく、といつもより狭い歩幅で彼女に合わせて歩く。夏ももう終わるころ、真夜中の風は少しだけ秋の香りを漂わせている。しかし寒いからと理由をつけて手を握るには、まだ暑い。
「あ……」
「おや」
しばらく歩いてようやく到着した河原だったのだが、生憎、「花火禁止」の看板が立てられていた。
「あ〜……そっか。まあ、そうだよね」
残念じゃのう、と声をかけようと隣を見ると、彼女は突然その場に膝を抱えるようにしゃがみこんでしまった。泣いているらしい。こんな夜中に突然訪ねてくる時点で何かあったんだろうとは何となく察していたが、まさか突然泣いてしまうとは思わなかった。
「……え〜と、その……よしよし、残念じゃったのう」
「……零」
「うん?」
「抱いて」
は、と声が出そうになるのを抑えて、一度深呼吸をし、目線を合わせるように彼女の隣へしゃがみ込んだ。
「なにがあったのかは知らぬが、そういうのは関心せんのう」
「私別に子供じゃないし、わかってるし、そういうのいいから」
彼女は頑なに顔は上げないまま、拗ねた子どものように震えた声を出した。俺は指一本彼女に触れられないで、ただちょうどいい言葉だけを探して少しだけ黙った。
「どうして我輩なのじゃ。よりにもよって」
「…………わかんない」
「ちょうど良いときに傍におったからかや? それとも我輩なら断らなさそうだからかのう。いずれにせよ……ひどい話じゃ。今おぬしに手を出したら、おぬし、我輩には近寄らなくなるじゃろ」
「そしたらこまる?」
「すごくこまる」
やっと顔を上げた彼女は、目もとをまだ濡らしたままくすりと微笑んで俺を見た。ほんの少し安堵し、その柔らかそうな頬を指先でつついてみる。
「おぬしが元気なときに、もう一度言っておくれ」
「言っていいの?」
「元気なときならいつでも歓迎じゃ」
「……うん」
とどのつまり、好きだから一夜だけの関係にしたくない、ということをそれとなく伝えたかったのだが伝わっただろうか。ちょっと躊躇ってから彼女の頭を撫でると、彼女は心地良さそうに笑ってくれた。
結局使わなかった花火の袋を持って、誰もいない夜道をまたふたりで歩く。今度こそ思いきって手を繋ぐと、彼女は何も言わずにそっと手を握り返してくれた。涼しい夜風が微かに熱い頬を撫でた。