危うく彼女の白いうなじに歯を立てそうになって、ハッと我に返った。慌てて口を閉じて彼女の首筋にくちびるだけを当て、息を吐く。

行為中、そんなふうに熱に浮かされて彼女を傷つけそうになることが、少なからずあった。そのたびに何度も自分を律して歯を食いしばった。

「あの……あのね、嫌だったらいいんだけど」

ある夜、薄着で涼む彼女が私の服の裾をちょこんと摘んだ。どうしたの、と振り返って顔を覗き込めば、彼女はちょっと言いにくそうに口を動かす。

「……どこでもいいんだけど、ね、キスマークつけてほしいなって」
「えっ」

 私がつい声をもらすと、彼女は誤魔化すように笑って言葉を撤回しようとする。何か言い訳をしようとする彼女の言葉を素通りして、細い肩に手を置いた。

「私も、よく君の肌に痕を残したいと思うよ」
「んぇ、あ、そうなの? 良かった、じゃあ……」
「でも、どうしてかな、どうしても君の肌を汚してしまいたくないからいつも直前で思い留まるんだ」

彼女は私の言葉を聞いて、一瞬、くちびるを食む。そうやって言葉に迷ってから、しぼりだすように小さく咽をふるわせた。

「汚れ、なんかじゃないよ……凪砂くんがつけてくれるなら」
「……そう、なのかな。せっかく綺麗なのに、なんだか悪いことをしているみたい」

そっと彼女の頬に手のひらで触れて、首筋、肩、胸もとを順番に撫でた。彼女はくすぐったそうに笑って私にほほ笑みかける。

「悪いことなんかないよ、つけてくれたら私は嬉しい」

 何となく、林檎を目の前にしたアダムかイヴのような気分だった。いいよと言われても、彼女にそう望まれても、何となくいけないことのような気がする。まるで綺麗なシャツに食べものをこぼしてしまうような、真っ白な布にペンキを落とすような。

 私が黙り込むと、彼女は少し不安げな視線を私に向けた。

「嫌だった?」
「……嫌、なのかな。少し気はひけるけど、君が望むなら応えたいな」

また彼女の柔らかな頬にふれて、親指の腹で目の下をなぞる。彼女はするりと私の手に自分の指先を絡め、手のひらに擦り寄った。

「気が進まないなら、別にいいよ。私も言ってみただけだし、凪砂くんがしたいって思わないのなら別に」
「そうなの?」
「うん。そうなの。だから気が向いたら、いつかつけてね」
「……うん。わかった、そうするね」

 つん、と顔を近づけて鼻の先をくっつけると、彼女は幸せそうにくすくす笑った。柔い頬も首筋も胸もとも、今はまだ、綺麗なまま。