狭いベランダから空を見上げる。雲よりずっとずっと遠くのほうに、小さな飛行機の影が見えた。目を細めて飛行機を見送りながら、手を翳す。今は人さし指の先くらいしかない飛行機も、本当は私よりもずっとずっと大きくて、中には何十人ものひとを乗せている。そう考えるとなんだか頭がむずむずした。

飛行機に乗っている人たちにはそれぞれ人生があって、これから仕事で出張に行く人、観光に行く人、帰省する人……などなどそれぞれ思い思いの目的があるのだろう。

「おうい、聞いてるかあ? 女の子がそんな格好でベランダに出るのは感心しないなあ」

 しゃぼん玉みたいに膨らんでいた空想を、彼の大きめの声がパチンと割った。私が振り向こうとするのと同時に、彼が自分のシャツを私の肩に羽織らせた。確かにいくらマンションとはいえ、キャミソールと下着だけで外に出るのは良くなかったかもしれない。

「何を見てたんだ?」
「……ひこうき」
「飛行機? んん、どこだあ?」

ずい、と彼が体を屈めて私の目線の高さに合わせる。飛行機はもう雲の合間をぬってどこかへ飛んでいってしまっていた。かくいう私もそんな鉄の塊への興味は失せ、すぐそばにある彼の端整な横顔にすっかり惹き付けられてしまった。

 彼はしばらく空を見上げて飛行機の影を探していたが、諦めたのか私の視線に気がついたのか、少し困ったように笑ってこちらを見た。

「もう行ってしまったみたいだなあ」
「そうだね」
「……ええと、もしかして何か怒ってるのかなあ?」
「なんで、怒ってないよ。怒られるようなことしたの?」
「いやあ、そういうわけじゃないんだが」

 彼は歯切れ悪く言葉を濁して背筋を正す。彼の顔がいつもどおり遠くなってしまった。何となくもの寂しくなって、甘えるように彼の服の裾を摘んでみる。なんて言えばいいのかわからなくて黙ったままでいると、彼はふっと優しい笑顔を浮かべて背中を丸めた。

 近づいた彼の顔の、綺麗な頬に手を当てる。深い緑色の瞳を覗き込む。いくら覗き込んでみても、その目が何を考えているのかなんてわからないけれど、それでもかまわない。ほんの少しだけ背伸びして彼のくちびるにキスをした。

 好き、とか、或いはきらいだとか、何を言ってもさして意味はないように思えた。いくら想像しても、飛行機に乗ってるひとの人生も心もわかりはしないのと同じように。きっと言葉にしたってほんとのところはわからないんだろう。

 なんにも言わなくても、なんにも言われなくても。彼の温かくて大きな手が、まるで花びらに触れるみたいに慎重に私の頬を撫でるだけで十分だ。