*ほんのりSFモノです



 清々しいほど澄みきった空気のなか、私はおおきく胸を膨らませて深呼吸をする。顎を上向けて何処までも青い空で視界を埋めると、なんだか今にも叫びだしたいような衝動に駆られた。足もとに転がる大きな瓦礫に足を乗せたとき、ふと下のほうから間延びした声が聞こえた。

「お〜い、あんまり上へ登るでない。落ちて怪我でもしたらどうするんじゃ」
「朔間さん」
「ほれ、早く降りといで」

促されるまま、大人しく慎重に瓦礫を渡って平地に降り立つ。瓦礫の山とはいえ、熱で溶かされたものがすっかり固まってしまっているから、崩れる心配はあまりないと思うのだけれど。

 ふと、間近で見上げた彼の顔に、小さく生えた髭を見つけた。手を伸ばして髭に触れると彼はちょっと恥ずかしそうに笑った。

「カミソリもないからのう。汚いが許しておくれ」
「汚くないよ。ふふ、大人っぽくてカッコイイじゃん」
「まぁたそういうことを……あんまりかわゆいことを言っておるとちゅーしちゃうからの」
「きゃあ! あははっ、やぁだ!」

無邪気な子どもみたいに、或いは仔犬みたいにじゃれ合った。きっと頭のネジなんてとっくに融けてなくなってしまった。心を壊さないように、自分だけを守るために、大切なものにはベールを被せて目を背けた。


 荒廃した世界には、もう、私たち以外には誰もいない。


 日が沈めば辺りは暗闇に包まれてしまう。いくら夜闇の魔王なんて呼ばれていた彼でも、流石にこんな闇の中では何も出来ない。冷え込む空気のなか、奇跡的に無事だった彼の棺桶に二人で入って、朝を待つ。光が再び差し込むことを何かに祈りながら、眠りにつく。

 世界が滅んでしまったのは、どうしてだっただろう。覚えていないはずがないのに思い出せない。彼は覚えているだろうか。どちらにせよ、今さら何を言ってもすべて手遅れであることに違いはない。棺桶に吹き込む冷たい隙間風に身を震わせ、もそもそと彼のほうへ体を寄せた。

「ねぇ、朔間さん」
「ん〜……」
「……私ね、ずっと、朔間さんのこと好きだったの」
「……」

彼は黙ったまま、ただ優しく私の肩のあたりを撫でていた。顔を埋めた胸もとから、とく、とく、と静かな心音が聞こえる。濡れたまぶたを閉じて、声を揺らしてしまわないように喉をふるわせた。

「だからこんなふうになっちゃったのかな」
「……そんなわけね〜だろ」
「朔間さんと二人きりになりたいとか、たくさんお話したいとか、そんなこと考えてたから、わたし」
「おいやめろ。そんなわけね〜っつってんだろ」

 朔間さんは珍しく声を大きくして、言葉を遮るように私を強く抱き寄せた。乱れた心音がぐちゃぐちゃにこころを掻き乱す。

抑えようとすればするほど、抗いがたい感情の波が押し寄せて逃げ場さえ流してしまう。子どもみたいにしゃくりあげて泣いてしまう私を、朔間さんはただ、狭い棺桶のなかで強く抱き締めてくれていた。

「もし……、もしそんなことがあるんなら、尚更お前のせいじゃね〜よ。全部俺のせいだ」

何もかも溶けてしまうような闇のなか、彼の声はまるで懺悔でもするように細く発せられた。

 頭のネジは締めないように。大切なことは思い出さないように。目は覚まさないように。今日も泣き疲れて柩のなかで眠りにつく。

朝がきたらまた無垢で無邪気な子どもを装って、そうしてゆるやかに死んでいく。終わってしまった世界に、もうこれ以上、アンコールなんていらないから。