鳥は鳥かごへ
※ちょくちょく特殊設定あり(そんなに気にしなくていいです)
※ズ!!時空です 本編との齟齬もあるかもです
ESの空中庭園は、日中だと割と人が集まる陽気な場所だ。しかし時刻はもう二十時頃、しかも今日は雨が降っているから、空中庭園に人の姿は見えない。と、思って何気なく外を見たのだけれど。
空中庭園の真ん中、木々の間にゆらりとひらめく何かを見た。窓に手をつけて目を凝らすと、どうやらそれが制服を着た少女で、雨の中ずぶ濡れになりながらバレエを踊っているらしいことに気がつく。
こっそり空中庭園に出て、自分もずぶ濡れになりながら、気付かれないよう少女に近付いた。
ESはアイドルのための施設だけれど、女性アイドルはまた別の話だ。だからESにいる女性といえば、プロデューサーか事務員か……そう言った人だけの筈だ。
黒檀のような長い髪は、彼女の動きとともに水滴を跳ねさせながら宙に散らばる。彼女がくるりとターンするたびにふわりと広がるプリーツスカートは、確か玲明学園のものだ。
白いブラウスが雨に濡れて透けている様子も、どこか扇情的で、それでいてどこまでも無垢に見える。
息を殺して物陰から物陰へ、彼女に近付く。私の目はすっかり瞬きを忘れて、口もとは無意識に笑みを浮かべていた。
どきどきと心臓が高鳴っている。触れたら穢してしまいそうなほど真っ白な何かにいっそ、触れてしまいたい。初めて悪いことをする子どものような心地で、私は拳を握り締め、じっと彼女を見つめていた。
彼女は微かに歌を歌いながら、ずっと踊り続けた。彼女の表情はどこまでも晴れやかで、もしかするとこれは世界で一番華麗な自殺なのではないかと思った。赤い靴を履いた少女のように、彼女はここで死ぬまで踊り続けるのではないだろうか、なんて。
「っ、あ!」
踊り続けて一体、どれだけ時間が経っていたのだろう。彼女のローファーがつるりと滑り、華奢な身体がバランスを崩す。
咄嗟に物陰から飛び出して、彼女の身体を抱きとめた。触れてしまった彼女の体はひどく冷たく、もう死んでしまっているかのようだった。
「お怪我はありませんか?プリンセス」
「……日々樹渉さん」
彼女は疲れきっているのか、私に体を預けたまま、小さく私の名前を呼んだ。その大きな瞳はやや驚いたように見開かれ、しっかりと私だけを瞳孔に映した。息は切れ、細い脚はカタカタと震えている。本当に一体、何時間踊っていたのだろう。
「おや、ご存知ですか?光栄です!天使さまにまで名を知られているとは!」
「……ふふ、私、天使じゃありません」
「ほう!なら妖精さんですか?それとも女神さま?」
「あはは、変なひと!人間ですよ、貴方と同じ」
彼女は私の腕に支えられたまま、微かに笑ってみせる。細い喉も、柔らかそうな頬に張りつく濡れた黒髪も、まるで一枚の絵画のように美しい。
「おや、これは失礼致しました。では体を温めなくてはなりませんね、人間はすぐ風邪をひきますから」
ひょいと彼女の膝裏と肩のあたりを支え、抱き上げる。ふたりしてずぶ濡れのままあまり徘徊すると怒られそうなので、fineのたまり場になっている部屋に向かった。
今日は誰もいない。英智くらいはいるかと思っていたけれど、よくよく考えればこんな雨だと頭痛も酷いだろうし、もう大人しく帰って休んでいることだろう。
持っていたタオルで彼女を拭こうとすると、彼女は目を閉じて大人しく私の手を受け入れた。髪の水気を取り、顔や首元を拭ってやると、少しくすぐったそうに笑う。まるで子供の世話をしているようだ。
「……貴女、もしかしてコズプロの見習いさんですか?」
「はい。玲明学園プロデュース科、一年のみょうじなまえです」
コズプロ上層部が、P機関に自分の勢力を増やしたがっているという話は英智から聞いていた。それで早速行なったのが、昨年の夢ノ咲を手本としたプロデュース科の導入だ。
玲明学園にプロデュース科を設け、あんずさんのときと全く同じように、試験的に生徒を一人だけ転校させたと聞いた。
一年間ノウハウを学び、実績を考慮したうえで二年次からP機関に加入するという話だ。だからコズプロもその他の事務所も、彼女を「見習い」と呼ぶ。
「そうでしたか。……でも、どうして雨の中、あんなところで踊っていたんです?」
自分のレッスン着を彼女の肩にかけて、椅子に座らせる。彼女はずっと上機嫌そうににこにこと笑ったままだ。その様子はなんだか、飼い慣らされた小動物を彷彿とさせる。
「雨が歌っていたから……空中庭園のベンチとか、床、木の葉っぱに雨粒が当たって、歌っているみたいに聴こえたんです。なんだか楽しくなって、お仕事が終わってからすぐ外に出て……踊っていたら止まらなくなっちゃいました」
「ふむ……貴女、プロデューサーよりむしろアイドルのほうが向いているのでは?私もご覧の通り、びしゃびしゃになるまで魅入ってしまいましたし」
机を挟んで彼女の向かいに座ると、彼女は緩やかにこちらを見て笑った。無邪気でない、寂しげな、哀愁の漂う笑顔だった。
「いいえ。私、舞台には立てませんから」
「……何故、と、聞いても構いませんか」
「はい。……私、病気なんです。緊張したり、睡眠が足りなかったり……ストレスが重なると、すぐに倒れてしまうんです。人に見られるのは緊張しますから、舞台には立てません」
諦めきったような、淡々とした言葉だった。こんなにも眩い煌めきは、大勢の前に出ればたちまち砕け散ってしまう。あれほど私の心を掻き乱した芸術は、脆く儚く、きっとこの先誰にも見られることはないのだ。
そう思うと、残念な気持ちや哀れみより、後ろめたく熱い感情が腹の奥から湧き上がってきた。
「なら、私にだけください。私、貴女が好きです」
「……えっと…………誤解を招く言葉は感心しませんよ……?」
眉を寄せて、少し難しげな顔をした彼女が首を傾げる。がた、と立ち上がって机に手を付き、彼女の頬に触れた。まだ少し冷たい。
「なら教えてください、なんと言えば伝わりますか?自分でもわからないのです。……貴女の輝きを私だけのものにしたい。その細い喉に牙を立てたい。白い肌を破って、その下にある赤を見てみたい。こんなに激しく貴女を求めているのに、それでも、好きという言葉が一番当たっている気がするのです」
柔らかな頬をそっと撫でる。机に膝を立てて乗り上げ、そのまま彼女の赤い唇に噛み付いた。私はいったい、何をしているのだろう。
さっきまで死人のようだった体温が、段々熱を取り戻してゆく。貪るようにキスをしていると、段々思考が熱に溶かされていくのを感じた。
「……っん、……日々樹さん、」
彼女は真っ赤な顔で私を呼ぶ。そこでようやく、確かに彼女も人間らしいと理解できた気がした。まだ濡れたままの髪に触れて、露わになった白いうなじに歯を立てる。ぷつりと肌をちぎって、鉄の味が口に広がった。
「……これじゃ、まるでどこかの吸血鬼ですね」
傷痕を歯でなぞって口を離すと、彼女はまた息を乱し脱力したまま私を見つめた。その甘い瞳に私一人だけが映るのは、なんとも気味が良い。
「ぷ、プロデューサーって、こんなことするものなんですか?」
上擦った声で的はずれなことを言われ、思わず笑ってしまった。きっと、彼女は私の胸の内にある薄汚い感情を理解できないのだろう。優しく頭を撫で、今度は一瞬、触れるだけのキスをする。
「いいえ、まさか。私以外に肌を見せないでくださいね。貴女の美しいところ、どうか私だけに愛させてください」
「……はい……」
茫然と返事をした彼女は、自分が何を了承してしまったのかなどわかってはいないだろう。それでも言質はとった。爪痕を残し、天に飛び立つ翼はもぎ取った。
「良い子ですね。ふふ、愛してますよ」
あとはただじわじわと、愛で心を満たすだけ。
※ズ!!時空です 本編との齟齬もあるかもです
ESの空中庭園は、日中だと割と人が集まる陽気な場所だ。しかし時刻はもう二十時頃、しかも今日は雨が降っているから、空中庭園に人の姿は見えない。と、思って何気なく外を見たのだけれど。
空中庭園の真ん中、木々の間にゆらりとひらめく何かを見た。窓に手をつけて目を凝らすと、どうやらそれが制服を着た少女で、雨の中ずぶ濡れになりながらバレエを踊っているらしいことに気がつく。
こっそり空中庭園に出て、自分もずぶ濡れになりながら、気付かれないよう少女に近付いた。
ESはアイドルのための施設だけれど、女性アイドルはまた別の話だ。だからESにいる女性といえば、プロデューサーか事務員か……そう言った人だけの筈だ。
黒檀のような長い髪は、彼女の動きとともに水滴を跳ねさせながら宙に散らばる。彼女がくるりとターンするたびにふわりと広がるプリーツスカートは、確か玲明学園のものだ。
白いブラウスが雨に濡れて透けている様子も、どこか扇情的で、それでいてどこまでも無垢に見える。
息を殺して物陰から物陰へ、彼女に近付く。私の目はすっかり瞬きを忘れて、口もとは無意識に笑みを浮かべていた。
どきどきと心臓が高鳴っている。触れたら穢してしまいそうなほど真っ白な何かにいっそ、触れてしまいたい。初めて悪いことをする子どものような心地で、私は拳を握り締め、じっと彼女を見つめていた。
彼女は微かに歌を歌いながら、ずっと踊り続けた。彼女の表情はどこまでも晴れやかで、もしかするとこれは世界で一番華麗な自殺なのではないかと思った。赤い靴を履いた少女のように、彼女はここで死ぬまで踊り続けるのではないだろうか、なんて。
「っ、あ!」
踊り続けて一体、どれだけ時間が経っていたのだろう。彼女のローファーがつるりと滑り、華奢な身体がバランスを崩す。
咄嗟に物陰から飛び出して、彼女の身体を抱きとめた。触れてしまった彼女の体はひどく冷たく、もう死んでしまっているかのようだった。
「お怪我はありませんか?プリンセス」
「……日々樹渉さん」
彼女は疲れきっているのか、私に体を預けたまま、小さく私の名前を呼んだ。その大きな瞳はやや驚いたように見開かれ、しっかりと私だけを瞳孔に映した。息は切れ、細い脚はカタカタと震えている。本当に一体、何時間踊っていたのだろう。
「おや、ご存知ですか?光栄です!天使さまにまで名を知られているとは!」
「……ふふ、私、天使じゃありません」
「ほう!なら妖精さんですか?それとも女神さま?」
「あはは、変なひと!人間ですよ、貴方と同じ」
彼女は私の腕に支えられたまま、微かに笑ってみせる。細い喉も、柔らかそうな頬に張りつく濡れた黒髪も、まるで一枚の絵画のように美しい。
「おや、これは失礼致しました。では体を温めなくてはなりませんね、人間はすぐ風邪をひきますから」
ひょいと彼女の膝裏と肩のあたりを支え、抱き上げる。ふたりしてずぶ濡れのままあまり徘徊すると怒られそうなので、fineのたまり場になっている部屋に向かった。
今日は誰もいない。英智くらいはいるかと思っていたけれど、よくよく考えればこんな雨だと頭痛も酷いだろうし、もう大人しく帰って休んでいることだろう。
持っていたタオルで彼女を拭こうとすると、彼女は目を閉じて大人しく私の手を受け入れた。髪の水気を取り、顔や首元を拭ってやると、少しくすぐったそうに笑う。まるで子供の世話をしているようだ。
「……貴女、もしかしてコズプロの見習いさんですか?」
「はい。玲明学園プロデュース科、一年のみょうじなまえです」
コズプロ上層部が、P機関に自分の勢力を増やしたがっているという話は英智から聞いていた。それで早速行なったのが、昨年の夢ノ咲を手本としたプロデュース科の導入だ。
玲明学園にプロデュース科を設け、あんずさんのときと全く同じように、試験的に生徒を一人だけ転校させたと聞いた。
一年間ノウハウを学び、実績を考慮したうえで二年次からP機関に加入するという話だ。だからコズプロもその他の事務所も、彼女を「見習い」と呼ぶ。
「そうでしたか。……でも、どうして雨の中、あんなところで踊っていたんです?」
自分のレッスン着を彼女の肩にかけて、椅子に座らせる。彼女はずっと上機嫌そうににこにこと笑ったままだ。その様子はなんだか、飼い慣らされた小動物を彷彿とさせる。
「雨が歌っていたから……空中庭園のベンチとか、床、木の葉っぱに雨粒が当たって、歌っているみたいに聴こえたんです。なんだか楽しくなって、お仕事が終わってからすぐ外に出て……踊っていたら止まらなくなっちゃいました」
「ふむ……貴女、プロデューサーよりむしろアイドルのほうが向いているのでは?私もご覧の通り、びしゃびしゃになるまで魅入ってしまいましたし」
机を挟んで彼女の向かいに座ると、彼女は緩やかにこちらを見て笑った。無邪気でない、寂しげな、哀愁の漂う笑顔だった。
「いいえ。私、舞台には立てませんから」
「……何故、と、聞いても構いませんか」
「はい。……私、病気なんです。緊張したり、睡眠が足りなかったり……ストレスが重なると、すぐに倒れてしまうんです。人に見られるのは緊張しますから、舞台には立てません」
諦めきったような、淡々とした言葉だった。こんなにも眩い煌めきは、大勢の前に出ればたちまち砕け散ってしまう。あれほど私の心を掻き乱した芸術は、脆く儚く、きっとこの先誰にも見られることはないのだ。
そう思うと、残念な気持ちや哀れみより、後ろめたく熱い感情が腹の奥から湧き上がってきた。
「なら、私にだけください。私、貴女が好きです」
「……えっと…………誤解を招く言葉は感心しませんよ……?」
眉を寄せて、少し難しげな顔をした彼女が首を傾げる。がた、と立ち上がって机に手を付き、彼女の頬に触れた。まだ少し冷たい。
「なら教えてください、なんと言えば伝わりますか?自分でもわからないのです。……貴女の輝きを私だけのものにしたい。その細い喉に牙を立てたい。白い肌を破って、その下にある赤を見てみたい。こんなに激しく貴女を求めているのに、それでも、好きという言葉が一番当たっている気がするのです」
柔らかな頬をそっと撫でる。机に膝を立てて乗り上げ、そのまま彼女の赤い唇に噛み付いた。私はいったい、何をしているのだろう。
さっきまで死人のようだった体温が、段々熱を取り戻してゆく。貪るようにキスをしていると、段々思考が熱に溶かされていくのを感じた。
「……っん、……日々樹さん、」
彼女は真っ赤な顔で私を呼ぶ。そこでようやく、確かに彼女も人間らしいと理解できた気がした。まだ濡れたままの髪に触れて、露わになった白いうなじに歯を立てる。ぷつりと肌をちぎって、鉄の味が口に広がった。
「……これじゃ、まるでどこかの吸血鬼ですね」
傷痕を歯でなぞって口を離すと、彼女はまた息を乱し脱力したまま私を見つめた。その甘い瞳に私一人だけが映るのは、なんとも気味が良い。
「ぷ、プロデューサーって、こんなことするものなんですか?」
上擦った声で的はずれなことを言われ、思わず笑ってしまった。きっと、彼女は私の胸の内にある薄汚い感情を理解できないのだろう。優しく頭を撫で、今度は一瞬、触れるだけのキスをする。
「いいえ、まさか。私以外に肌を見せないでくださいね。貴女の美しいところ、どうか私だけに愛させてください」
「……はい……」
茫然と返事をした彼女は、自分が何を了承してしまったのかなどわかってはいないだろう。それでも言質はとった。爪痕を残し、天に飛び立つ翼はもぎ取った。
「良い子ですね。ふふ、愛してますよ」
あとはただじわじわと、愛で心を満たすだけ。