インターホンは鳴らさず、合鍵で中に入る。時刻は既に昼過ぎだが、案の定部屋のなかは真っ暗でしんと静まり返っていた。鼻歌をうたいながら寝室へ入ると、ベッドの上の塊がもそもぞと動いた。

「零……?」
「うむ、愛しの零ちゃんじゃよ〜。どうじゃ、調子は。薬は飲めそうかや?」
「んぐ」

布団の間から顔を出した彼女は、今にも泣き出しそうな表情でこちらを見上げ、ぬるりと腕を出してきた。近寄ってやると、体温の低い手が頬に触れた。

「零〜……あたまいたい……」
「うんうん、つらいのう。ほれ、おくすりごっくんしておねんねしようぞ」

 くしゃくしゃの髪を撫でながら手を頭に当ててやると、彼女は目を閉じて痛みに耐えるように涙をこぼした。それからなんとか身体を起こし、ペットボトルの水と鎮痛剤を受け取り、なんとか薬をあおる。気圧の変化が激しい日は決まってこうだ。いつもこんなふうに痛そうに泣いてしまうくせに、彼女からは絶対に連絡を入れてくれない。

「……のう、これは提案なんじゃけど……」
「ん……? なぁに?」

再び床に就いた彼女を見下ろし、額に手のひらをあてがう。顔色も悪いし、まだ頭痛も止まないようだ。

 彼女がどれだけ痛みに悶えていても、もし俺が気づかなければきっと彼女は辛かったことさえ教えてはくれないんだろう。それはどうしようもなく、寂しいことのように思えた。

「おぬしがつらいとき、真っ先に駆けつけられるようにしておきたいのじゃ」
「……うん、いま、そうじゃない?」
「いいや、百パーセントではなかろう? いつもおぬしのそばにいたいのじゃ。おぬしが苦しんでおるとき、こうしてそばで和らげてやりたい」
「ふふ、なんかプロポーズみたい」

くすくす笑った彼女の目もとをそっと撫でて、真剣な眼差しで数秒目を見つめた。すると彼女も冗談でないと気づいたのか、くちびるを軽く食んで真意を窺うように俺を見上げた。

「結婚……とまではまだいかなくとも。準備をさせてくれぬかや? 一緒に住もう」
「……住んだら、頭痛いとき、手あててくれる?」
「もちろんじゃ」
「添い寝してくれる?」
「無論。特別に子守唄もつけるぞい」

 ちゅ、と軽いリップ音を立てて目もとにキスをすると、彼女はそのまま俺の首に抱きついてきた。

「じゃあ今日も帰っちゃやだ」
「もちろんじゃよ〜! よしよし、じゃあ零ちゃんが添い寝してあげようかの♪」
「ぐぇ」

遠慮なくベッドにもぐりこんで、彼女の身体をすっぽりと腕のなかに収める。彼女は少し位置調整にもぞもぞしてから、ちょうどいい場所を見つけたのか俺に抱きついたまま動かなくなった。

 後頭部を優しく撫でてやりながら、ゆっくり、穏やかに鼻歌を歌う。痛みを分け合うことができなくとも、少しでも和らげてやれたらそれでいい。彼女にとって、雨よけの屋根くらいになれたらそれで。