すれちがったり
多少体調が悪くても、きっと人それぞれラインみたいなのがあって、今日の場合だと私はそのラインを超えていなかったから出勤した、それだけだった。
一日なんとか乗り切ってようやく帰宅すると、珍しく私より早く帰っていた敬人が不機嫌そうに眉間に皺を寄せた状態で私を迎えた。
「……とりあえず着替えて横になれ。食欲はあるのか?」
「ん……ううん、いい。あんまりお腹はすいてない」
「そうか」
ふわふわする頭でメイクを落として着替え、ベッドに向かう。ベッドの縁に腰掛けると、敬人がやって来て私の隣に座った。
「今日はどうしても休めなかったのか」
「うん……」
「……転職か、辞職も視野に入れるべきだろうな」
「は?」
思わず顔を上げて彼を見る。冗談なんて言う人じゃないとわかっていたが、信じがたい発言だった。
「体調が悪いときに休めないような会社では俺が安心できん」
「いや、え……何言ってるの? 敬人は私のなんなの?」
「恋人だろう。恋人が無理をしているのを見過ごすことは、悪いができん」
「子どもじゃないんだからそんなの口出ししてほしくないんだけど」
睨むように敬人を見つめて、発言の棘は自覚しながらそう言った。すると、私の投げた棘をしっかり受け取った彼が鋭い眼光を私に向ける。空気がひりつくのがわかった。が、譲る気はなかった。
「子どもではないというのなら、スケジュール管理や体調管理くらいこなしてみせろ。不得手なことを責めているのではない、心配させるなと言っているだけだ」
「へぇ。敬人が言うんだ、それ」
「……どういう意味だ」
「私が敬人のこと心配してないとでも思ってるの? 散々徹夜したり仕事詰め込んだりして……帰りだっていつも遅いし、休日は疲れすぎててずっと寝てるし。いっつも心配かけられてるのは私のほうなんだけど」
敬人に叱られることや苦言を呈されることはあっても、私から敬人にこんな言い方で嫌味を言うのは初めてだった。熱のせいもあったのだろう。思ったことは考え直すより先に口をついて出てきてしまった。
「大体っ、今日は微熱だったしそこまでしんどくなかったから、休むより今日頑張った方がいいって思ったから行っただけだし……頑張ったのになんで怒るの……」
恐らく敬人は純粋に、私の身体を心配してくれているだけなのだろう。少し不器用な物言いではあるけれど、彼が私を傷つけようとしたことなんて今まで一度もない。そうわかってはいても、疲れて帰ってきたとき、真っ先に敬人に抱きしめて欲しかった。小言を言うのではなくて。
「……今日のような頑張り方は、なるべくしてほしくない。だが、疲れて帰ったところにするべき対応ではなかった……とも思う。すまん」
そう言って、敬人は少しぎこちなく私の頭を撫でた。少し涙に滲んだ瞳でねだるように彼を見ると、数秒迷ったあと、そっと身体を抱き寄せてくれた。
「泣かせたかったわけではないんだがな……本当にままならないものだ。なんとか伝わってほしいんだが」
「……ごめん。わかってるよ、心配してくれてるだけだもんね」
首もとに擦り寄って広い背中に手を回す。すると突然肩を掴んで引き剥がされた。
「おい、かなり体が熱いぞ。熱が上がってきたんじゃないか? もう横になって寝てくれ」
「まって、寝るのはいいけど……もうちょっと一緒にいて」
ベッドにほとんど無理やり寝かされ、布団まで被せられる。離れかけた敬人の手を掴むと、敬人はちょっと困ったように笑って私の手を撫でた。
「ああ。だが冷却シートと氷枕を準備してくるから少し待っていてくれ」
「……わかった」
敬人は私の手を離すと、パタパタと寝室を出てリビングへ向かった。霞む天井を見上げて小さくため息をつく。きっと私も彼もお互いが大切で仕方ないだけなのに、どうしたってこういう些細なすれ違いは起きてしまうものだ。
……それでも、ちゃんとこうしておさめられたらいいな。熱に浮かされた頭でそんなことを取り留めもなく考えながら、敬人が戻ってくるのを黙って待っていた。
一日なんとか乗り切ってようやく帰宅すると、珍しく私より早く帰っていた敬人が不機嫌そうに眉間に皺を寄せた状態で私を迎えた。
「……とりあえず着替えて横になれ。食欲はあるのか?」
「ん……ううん、いい。あんまりお腹はすいてない」
「そうか」
ふわふわする頭でメイクを落として着替え、ベッドに向かう。ベッドの縁に腰掛けると、敬人がやって来て私の隣に座った。
「今日はどうしても休めなかったのか」
「うん……」
「……転職か、辞職も視野に入れるべきだろうな」
「は?」
思わず顔を上げて彼を見る。冗談なんて言う人じゃないとわかっていたが、信じがたい発言だった。
「体調が悪いときに休めないような会社では俺が安心できん」
「いや、え……何言ってるの? 敬人は私のなんなの?」
「恋人だろう。恋人が無理をしているのを見過ごすことは、悪いができん」
「子どもじゃないんだからそんなの口出ししてほしくないんだけど」
睨むように敬人を見つめて、発言の棘は自覚しながらそう言った。すると、私の投げた棘をしっかり受け取った彼が鋭い眼光を私に向ける。空気がひりつくのがわかった。が、譲る気はなかった。
「子どもではないというのなら、スケジュール管理や体調管理くらいこなしてみせろ。不得手なことを責めているのではない、心配させるなと言っているだけだ」
「へぇ。敬人が言うんだ、それ」
「……どういう意味だ」
「私が敬人のこと心配してないとでも思ってるの? 散々徹夜したり仕事詰め込んだりして……帰りだっていつも遅いし、休日は疲れすぎててずっと寝てるし。いっつも心配かけられてるのは私のほうなんだけど」
敬人に叱られることや苦言を呈されることはあっても、私から敬人にこんな言い方で嫌味を言うのは初めてだった。熱のせいもあったのだろう。思ったことは考え直すより先に口をついて出てきてしまった。
「大体っ、今日は微熱だったしそこまでしんどくなかったから、休むより今日頑張った方がいいって思ったから行っただけだし……頑張ったのになんで怒るの……」
恐らく敬人は純粋に、私の身体を心配してくれているだけなのだろう。少し不器用な物言いではあるけれど、彼が私を傷つけようとしたことなんて今まで一度もない。そうわかってはいても、疲れて帰ってきたとき、真っ先に敬人に抱きしめて欲しかった。小言を言うのではなくて。
「……今日のような頑張り方は、なるべくしてほしくない。だが、疲れて帰ったところにするべき対応ではなかった……とも思う。すまん」
そう言って、敬人は少しぎこちなく私の頭を撫でた。少し涙に滲んだ瞳でねだるように彼を見ると、数秒迷ったあと、そっと身体を抱き寄せてくれた。
「泣かせたかったわけではないんだがな……本当にままならないものだ。なんとか伝わってほしいんだが」
「……ごめん。わかってるよ、心配してくれてるだけだもんね」
首もとに擦り寄って広い背中に手を回す。すると突然肩を掴んで引き剥がされた。
「おい、かなり体が熱いぞ。熱が上がってきたんじゃないか? もう横になって寝てくれ」
「まって、寝るのはいいけど……もうちょっと一緒にいて」
ベッドにほとんど無理やり寝かされ、布団まで被せられる。離れかけた敬人の手を掴むと、敬人はちょっと困ったように笑って私の手を撫でた。
「ああ。だが冷却シートと氷枕を準備してくるから少し待っていてくれ」
「……わかった」
敬人は私の手を離すと、パタパタと寝室を出てリビングへ向かった。霞む天井を見上げて小さくため息をつく。きっと私も彼もお互いが大切で仕方ないだけなのに、どうしたってこういう些細なすれ違いは起きてしまうものだ。
……それでも、ちゃんとこうしておさめられたらいいな。熱に浮かされた頭でそんなことを取り留めもなく考えながら、敬人が戻ってくるのを黙って待っていた。