もう限界だ……と、薄々感じていた。数ヶ月前から仕事が多忙を極め、朝から晩までずっと気を張っている。そのせいでせっかく同棲している恋人ともろくに話さえできていない。同じ家に住んでいるのに、お互いまるで他人みたいだった。つむぎくんを見るのも声を聞くのも、家よりテレビや雑誌越しのほうが多くなっていた。

 ただ唯一私たちを繋ぐのは、朝と夜とに書き残すメモ書きだけになっていた。いつも真夜中家に帰ると、机の上に小さなメモが置いてある。私もそれに返事を書いて、朝、またつむぎくんが家を出る前に返事を書いて……というふうに、メモでのやりとりだけが唯一のコミュニケーションだった。

 今日も疲れて終電で家に帰ると、机の上にメモが置いてあった。……けれどそれは、朝私が書き残したメモだった。

「……つむぎくん、寝ちゃったのかな」

本当はこんなやりとり、お互い忙しくてつらいのに続ける必要もないだろうと思っていた。それでもいざ彼からの返事がなくなると不安になるもので、私はなぜか、その場にしゃがみこんで泣いてしまった。

 つむぎくんを起こしてしまわないよう、声を殺して溢れてくる涙を拭う。きっと疲れているせいで気持ちが不安定になっているだけだ。そう分析してみても、一度泣いてしまえばそう簡単には泣き止めなかった。

つむぎくんとのメモでのやりとりがあっても、彼との今の関係に不安は尽きない。彼にとって私は必要不可欠な存在ではないんじゃないか、とか、私が居なくてもつむぎくんは笑って幸せに生きていけるんじゃないかとか、心の奥底に無理やり押し込めた不安は消えることなくそこにあった。

 泣き止まないと、と腕で目を擦ると、つけないでいたリビングの電気がパチリとついた。咄嗟に顔を上げて振り返る。

「つ、……つむぎく、ん」
「……おかえりなさい」

つむぎくんは右手に持っていたメモを机に置いて、私の隣にしゃがみこんだ。私が何も言えないでいると、つむぎくんはぎゅうっと強めに私を抱き寄せてきた。

「よしよし、つらかったですね。大丈夫ですよ、俺はずうっと傍にいますから」
「…………つむぎ、くん……」
「はい、つむぎくんですよ〜。ふふ、たまにはホットミルクでも飲みましょうか」

 つむぎくんは一度身体を離し、ぽんぽんと私の頭を撫でる。その温かさは随分久しぶりなように感じられるのに、以前とちっとも変わらないように思えた。ソファに座らされてぼーっとしている間に、つむぎくんはホットミルクをいれたマグカップを持ってきた。

「熱いですから、火傷しないように気をつけてくださいね」
「ありがと……」
「どういたしまして。……こうしてお話するのは、なんだかちょっと久しぶりですね」
「……うん、そうだね」

私は両手で温かいマグカップを包み込み、彼の方は見れないまま俯いていた。湯気が顔にあたる。つむぎくんはホットミルクをひとくち飲んでから、照れるように笑った。

「メモでのやりとりはありましたけど、お恥ずかしながら俺は結構寂しかったんですよ。お互い多忙ですから仕方ないんですけどね……明日もお仕事ですか?」
「ううん、明日はおやすみ」
「よかった。なら明日はふたりきりで家にいませんか? 久しぶりに貴女を独り占めしたくて」
「……うん」

 声が揺れてしまう。以前とちっとも変わらないつむぎくんの言葉や声に安心して、一度落ち着いた涙がまた溢れてきてしまった。会えなかっただけで、彼も同じように寂しく思ってくれていたのだということが何より嬉しかった。

「つむぎくん、私、私ね」
「はい。なんでしょう?」
「本当に、つむぎくんのこと好きだよ。……大好きなの」
「えぇっと……ふふ、なんだか照れちゃいますね。俺も愛してます。大好きですよ」

つむぎくんはふんわりと笑って、私の頭を撫でてくれた。そのまま長いことしていなかったキスをすると、ホットミルクの甘い味がした。

 あとどれくらいこんな生活が続くのかはわからない。きっと私は何度だって同じように不安になってしまうのだろう。それでも今日の夜のことは忘れないでいよう。つむぎくんがずうっと私を大切に思ってくれていることだけは、ちゃんと覚えておこう。