「トリックオアトリート!」

街中で聞こえた幼い子供の声で、ハッとカレンダーを確認する。そういえば今日はハロウィンだ。どこかでお菓子でも買っておこうかと思ったけれど、ふと魔が差してしまった。つまり、これから会う恋人にトリックオアトリートと言われたとき、お菓子を持っていないと言えば恋人らしい営みができるのではないか、と閃いてしまったのだ。

 我ながら策士だ、と自画自賛しながらコンビニには寄らず、そのまま待ち合わせ場所へ向かう。街はどこもハロウィン一色で、なんだか私まで浮かれた気分になってしまうようだった。待ち合わせの駅前でそわそわしていると、不意に後ろから方を叩かれる。

「こんにちは。ごめんね、待たせちゃったかな?」
「えっ、英智くん。ううん、今来たところ!」

いつも通りのふりをして笑ってみせるけれど、やっぱりなんだか悪巧みをしているようでドキドキしてしまう。英智くんはその優しい瞳で私をジッと見つめたあと、クスリと微笑んで手を繋いできた。

「今日はなんだかご機嫌だね? 何か悪いことでも企んでるのかな」
「別に、英智くんと会えて嬉しいだけだよ」
「本当かなぁ」
「ほんとだって!」

決して悪巧みなんかではない、それに英智くんに会えて嬉しいというのは本当だから決して嘘はついていない。けれど英智くんのほうはハロウィンだと認識しているのだろうか。私がジッと彼のほうを期待を込めた目で見つめると、彼は優しく笑って手を繋いできた。

 彼も多忙な人だし、もしかするとハロウィンのことなんてすっかり忘れているのかもしれない。一緒に歩きながら、ぽつりと、ジャブを打ってみる。

「あ、あ〜、今日ハロウィンなんだね」
「あぁ、そういえばもう月末だったね。最近時間が過ぎるのが早い気がするよ。もうあっという間に年も開けてしまうね」
「あ〜……うん、そおだね」
「ハロウィンは何かと関連したイベントが多いから、稼ぎどきではあるんだけどね。そのぶん忙しくてなまえちゃんに会えないのが難点かな」

繋いだ手の温かさも彼の楽しそうな笑顔や声音も、もちろんいつも通り愛おしい。それでも今日はハロウィンを口実に甘やかしてほしかった。ぎゅうっと握った手から自分の思いが伝わればいいのに。

「……もしかしてご機嫌ななめ?」
「ううん、機嫌悪いとかじゃなくて……せっかくハロウィンなのに、英智くんはいつも通りだから」

 うっかり、ちょっと拗ねたような声音で返事をしてしまった。英智くんは驚いたように目を丸くして、首を傾げる。

「ええと、仮装とかしたかった? 君がしたいって言うならもちろん、僕は止めないというかぜひ見てみたいけど」
「や、そうじゃなくて……トリックオアトリートって言ってくれるかと思ってたの、……思って、お菓子買わないで待ってたの」

恥ずかしさを誤魔化すためにたどたどしくそう言うと、変な沈黙がふたりの間に横たわった。恐る恐る英智くんのほうを見上げれば、英智くんは珍しくにこりとも笑わず真顔で私を見下ろしていた。

「ふぅん、それは僕に悪戯してほしいってことかな」
「え……っと、はい……」
「フフ、可愛いおねだりだね。僕に悪戯してほしいなんて命知らずなことを言うのは世界中探してもなまえちゃんくらいなんじゃないかな。……まぁとにかく、君の望む以上のものを与えるよ。それで良いかな?」
「は、はい」

 気圧されてほとんど何も考えずに頷くと、英智くんは満足そうに笑って私の手を恋人繋ぎになおした。

「英智くん、どこ行くの?」
「もちろん、二人きりになれるところだよ。今さらやっぱり無しなんて聞かないからね」

手を引かれ、駅のロータリーでタクシーに詰め込まれる。英智くんは無邪気な子どもみたいに愉しげな笑みを浮かべ、くしゃくしゃと私の頭を撫でてきた。

あんまり軽々しく言うべきではなかったかもしれない、という気持ちと、思い切って言っちゃってよかった、という期待を半分ずつ胸に浮かべて、控えめに彼の肩に擦り寄る。

 ――でもハロウィンが終わって日付が変わる頃にはベッドのうえでヘトヘトになりながら、来年はちゃんとお菓子を用意しておこうと固く決意した。