食べちゃいたいくらい
……夢を見た。ひどく甘美な夢だった。あんまり心地良い夢だったものだから時計に起こされるより先に自然と目を覚ましたのだけれど、それが夢だったのだと理解するまでに数分かかった。数分かけて現実を咀嚼して、ようやく目を覚ましてから自嘲するように薄く笑みを浮かべた。
夢のなかで、僕は食事をしていた。それはこれまで食べた何より柔く甘い肉だった。フォークをズブリと突き刺し、ナイフをスラリと入れて、僕はそれを口に含む。まずはひと噛み、歯を立てればじゅわりと汁が溢れる。続けて咀嚼を繰り返すたびに味が深く舌に染み付いていくのを感じた。
本当に――ほんとうに、これまで食べた何ものよりも甘美な肉だった。どこか霞がかった意識のなかでも、僕はこれが何の……否、誰の肉なのか、直感的に知っていた。
それは僕の愛する恋人の肉だった。
「……くん、……英智くん。……英智くん!」
甘く爽やかな声に名前を呼ばれ、ハッと我に返る。見るとはなしに見つめていた白い陶器のティーカップから視線を外し、テーブルの向かいに腰掛けた恋人を真正面から見つめた。彼女は心配そうに細い眉を寄せ、微かに首を傾げて僕の顔を見つめている。
「どうしたの? もしかして体調悪い?」
「あぁ……ううん、大丈夫だよ。少しぼうっとしていたみたいだ。せっかくのデートなのに、ごめんね」
「それは良いけど、もしあんまり調子が良くないのならちゃんと教えてね」
「うん。ありがとう」
彼女はまだ安心しきっていない表情のまま、その細い指でティーカップのハンドルをもち、紅茶にくちをつけた。
僕と彼女の前にはそれぞれが注文したケーキが置かれている。僕はショートケーキを、彼女はチョコレートケーキを、ちょうどひとくちずつ食べたころだった。
端にレースの刺繍が施された真っ白なテーブルクロスに、花の柄が描かれたティーカップとティーポット、ティーカップのなかにはケーキによく合う香り高い紅茶。そして艶やかな黒髪を綺麗にセットしている、美しい僕の恋人。この空間のどこを切り取っても完璧だった。
僕が彼女に見入っていると、彼女ははにかむように笑ってティーカップを置いた。
「そんなに見られたら恥ずかしいよ」
「ふふ、ごめんね。改めて君が愛おしくて」
「……変なの」
イチゴのように愛らしく頬を染める彼女を見て、目を細めた。ひと呼吸置いてから、手に持ったフォークでショートケーキのうえの真っ赤なイチゴを刺す。するとケーキのスポンジがフワッとしぼんで、イチゴを取るとまた元の形に戻った。
突き刺したイチゴを口に含む。歯を立てれば果汁が口内に広がる。その甘酸っぱさをじっくり味わいながら、僕は彼女を、微笑みをたずさえて見つめていた。僕の視線に気づいた彼女は、まるで母親がいたずらな子どもに向けるような、「仕方ない」とでも言うような慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
「もう。見すぎだってば」
「あはは、ごめんね。でも……君がいけないんだよ」
君がそんなに美味しそうな、甘やかな態度で僕の前にいるから……とまでは流石に言葉にしなかった。
「見つめるくらいは赦してほしいな」
「くらいって、夜にはそれ以上もするくせに」
「でも食べたりはしないよ」
「食べてるのと同じじゃない? ある意味ね」
確かに。と僕が笑うと、彼女もくすりと微笑んだ。
その細い喉や手首、くびれたウエスト、華奢な指先の一本一本まで、すべて僕のものにしてしまいたい。同一化してしまいたい。白い腹のなかにある臓物までもを、僕の歯ですりつぶして飲み込んで、僕のからだの一部にしてしまいたい。ただ身体や心を繋げるだけでは手に入らないような細胞のひとつひとつを、僕は喉から手が出るほどに欲している。
けれど、僕の名前を呼ぶ彼女の声が何より愛おしいものだから、僕は夢に見ることしかできないのだ。
夢のなかで、僕は食事をしていた。それはこれまで食べた何より柔く甘い肉だった。フォークをズブリと突き刺し、ナイフをスラリと入れて、僕はそれを口に含む。まずはひと噛み、歯を立てればじゅわりと汁が溢れる。続けて咀嚼を繰り返すたびに味が深く舌に染み付いていくのを感じた。
本当に――ほんとうに、これまで食べた何ものよりも甘美な肉だった。どこか霞がかった意識のなかでも、僕はこれが何の……否、誰の肉なのか、直感的に知っていた。
それは僕の愛する恋人の肉だった。
「……くん、……英智くん。……英智くん!」
甘く爽やかな声に名前を呼ばれ、ハッと我に返る。見るとはなしに見つめていた白い陶器のティーカップから視線を外し、テーブルの向かいに腰掛けた恋人を真正面から見つめた。彼女は心配そうに細い眉を寄せ、微かに首を傾げて僕の顔を見つめている。
「どうしたの? もしかして体調悪い?」
「あぁ……ううん、大丈夫だよ。少しぼうっとしていたみたいだ。せっかくのデートなのに、ごめんね」
「それは良いけど、もしあんまり調子が良くないのならちゃんと教えてね」
「うん。ありがとう」
彼女はまだ安心しきっていない表情のまま、その細い指でティーカップのハンドルをもち、紅茶にくちをつけた。
僕と彼女の前にはそれぞれが注文したケーキが置かれている。僕はショートケーキを、彼女はチョコレートケーキを、ちょうどひとくちずつ食べたころだった。
端にレースの刺繍が施された真っ白なテーブルクロスに、花の柄が描かれたティーカップとティーポット、ティーカップのなかにはケーキによく合う香り高い紅茶。そして艶やかな黒髪を綺麗にセットしている、美しい僕の恋人。この空間のどこを切り取っても完璧だった。
僕が彼女に見入っていると、彼女ははにかむように笑ってティーカップを置いた。
「そんなに見られたら恥ずかしいよ」
「ふふ、ごめんね。改めて君が愛おしくて」
「……変なの」
イチゴのように愛らしく頬を染める彼女を見て、目を細めた。ひと呼吸置いてから、手に持ったフォークでショートケーキのうえの真っ赤なイチゴを刺す。するとケーキのスポンジがフワッとしぼんで、イチゴを取るとまた元の形に戻った。
突き刺したイチゴを口に含む。歯を立てれば果汁が口内に広がる。その甘酸っぱさをじっくり味わいながら、僕は彼女を、微笑みをたずさえて見つめていた。僕の視線に気づいた彼女は、まるで母親がいたずらな子どもに向けるような、「仕方ない」とでも言うような慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
「もう。見すぎだってば」
「あはは、ごめんね。でも……君がいけないんだよ」
君がそんなに美味しそうな、甘やかな態度で僕の前にいるから……とまでは流石に言葉にしなかった。
「見つめるくらいは赦してほしいな」
「くらいって、夜にはそれ以上もするくせに」
「でも食べたりはしないよ」
「食べてるのと同じじゃない? ある意味ね」
確かに。と僕が笑うと、彼女もくすりと微笑んだ。
その細い喉や手首、くびれたウエスト、華奢な指先の一本一本まで、すべて僕のものにしてしまいたい。同一化してしまいたい。白い腹のなかにある臓物までもを、僕の歯ですりつぶして飲み込んで、僕のからだの一部にしてしまいたい。ただ身体や心を繋げるだけでは手に入らないような細胞のひとつひとつを、僕は喉から手が出るほどに欲している。
けれど、僕の名前を呼ぶ彼女の声が何より愛おしいものだから、僕は夢に見ることしかできないのだ。