「凪砂さん」

 と、彼女に名前を呼ばれると、つい反射的に背を丸めて彼女の視線に近づこうとしてしまう。でも私が彼女の耳に近づくと、すかさず彼女は小動物みたいに距離をとってしまう。

「……えぇと、どうしたのかな」
「あ、いえ、な、っなんでもないです! あっ用事はあるんですけど、えっと」
「うん、大丈夫だよ。落ち着いて。……もしかして、私が怖い? やっぱり身体が大きいのがいけないのかな。怖がらせてしまってごめんね」
「えっ、いや怖くはないです!」

思いのほか大きな声で反論されて、思わず彼女の顔を見る。珍しくばっちり目が合うと、彼女は緊張したようすであたふたしながらもしっかり私の瞳を見つめ返してくれた。

「本当に、怖くなんかないですよ。ただ凪砂さんの声が近くなると私がその、えーと……そう、緊張しちゃうので、つい」
「……私の声? が、苦手なの?」
「そうじゃなくて…………なんて言ったら良いんだろう、凪砂さんの声、すごく……う〜……良い声、だから……?」
「そう、ありがとう」

 彼女はウンウン唸って言葉を選びながら、思いもよらず私を褒めてくれた。そのようすがなんだか可愛いように思えて、くすりと微笑んでしまう。緊張するだけで評価してくれているのなら――と思い立って、彼女の細い肩に手を置き、距離を詰めてみた。

「……私も、君の声が好きだよ。名前を呼んでくれるときは特に」

内緒話をするようにこっそり耳打ちすると、彼女は途端に耳まで真っ赤にして固まってしまった。どういう反応なのかいまいちわからなくて、彼女の顔を覗き込む。

「…………っえ、」

覗き込んだ彼女の瞳にじんわり涙が浮かんでいて、咄嗟に肩へ触れていた手を離した。すると彼女は、

「おつかれさまです、っごめんなさい!」

と辛うじて叫んで、まるで子うさぎのように逃げ去ってしまった。

「……行っちゃた」

 いじめたつもりはなかったのだけれど、やっぱり何か怖かったのだろうか。しょんぼりと肩を落とし、ともかく日和くんに相談するべくとぼとぼと歩きだす。……どうにかして、次はもう少し長くお喋りができたらいいな。