「来週金曜の夜から土曜にかけて、予定を空けておいてくれぬかや?」

と、彼から打診があったのが先週火曜のこと。そのときは特に気にかけず二つ返事で了承したのだけれど、よくよく考えてみればその日はちょうどクリスマスだ。

 しかし彼と私は別に恋人なんかではない。強いて言うならセフレという感じだ。身体の相性は良いし、お互い後腐れなく、普通に日常会話をしていても楽しい。私は正直に白状すると彼のことが好きだけど、でもだからと言って今の関係を潰してまで何かを望むことはない。

ただの彼の仲のいい友達でいられたらそれだけで……とは思うのだが、クリスマスをわざわざ抑えられると何となく気持ちが浮ついてしまう。

 馬鹿みたいにお洒落をして、勝負下着まで着て、待ち合わせの三十分前に集合場所に着いた。街はどこもかしこもクリスマス一色で、そこかしこに仲睦まじいカップルが歩いている。

私は何度も窓ガラスに写る自分の姿を確認しながら、落ち着きなく、彼が来るのを待っていた。すると不意に、知らない人が隣に座った。

「お姉さんさっきからずっと一人でいますよね、暇してるんですか?」
「…………あ、いや待ち合わせで」
「いや待ちすぎでしょ! 暇なら遊びません?」
「いやいいです、結構です」

酒が入ってるのか素面なのかわからないが、見知らぬ男は馴れ馴れしく肩に手を回してきた。なんだか怖くなって男をつき飛ばそうとすると、男の腕を誰かが掴みあげた。

「何か用ですか」

それが零の声だと理解するのに数十秒はかかった。いつもと違う口調なのも大いにあったが、何より聞いたこともないようなドスの効いた声だったから。

 ナンパらしき男はへらへら誤魔化すように笑いながら、そそくさとその場を後にした。

「……まったく油断も隙もないのう。何もされておらぬかえ?」
「あ、うん、大丈夫……ありがと」
「ほれ」
「え?」

零は当然のように手を差し出す。私がボケッとしていると私の手を取ってぎゅっと握り締めた。

「今日はクリスマスじゃから♪」
「……う、うん」

何となく様子のおかしさは感じつつ、彼にとっては気まぐれでも私にとっては貴重な思い出だと思い、そっと彼の手を握り返した。

「お腹は空いておるかの?」
「うん、まぁ。……えっもしかして食べに行くの? ホテルで食べるんじゃなくて?」
「もちろんじゃ。ちゃんと予約もとっておるから安心せい」
「そこじゃないんだけど……まぁいいや、ありがと」

 クリスマスだからと浮かれているのだろうか。一夜だけの気まぐれだったとしても、嬉しいことに変わりはない。大人しく彼についていくと、思っていたよりずっと綺麗なレストランに辿り着いた。

「え……待って、ここ私入っていいところ? マナーとかあんまりわかんないよ……っていうか服もちゃんとしたのじゃないけど」
「構わん構わん、ちゃんと個室で予約しておるからの」
「はあ……」

零は私の手をひいてレストランの中へ入る。綺麗な個室に通され二人きりになると、急に胸の奥がむずむずしてきた。

「何をそわそわしておるんじゃ」
「んん……だってなんかデートみたいなんだもん」
「何を言っておるんじゃ」
「ごめんごめん」
「いや、……デートじゃろ」

そ、っとテーブルの上に置いた手に触れられ、思わず咄嗟に手を引っこめる。零は私の反応を見て一瞬寂しそうな顔をしたけれど、すぐにいつもどおり笑ってみせた。

「今さら……と思われても仕方ないんじゃけど。クリスマスはおぬしと過ごしたかったんじゃよ。別におぬしが望むのなら今夜このまま泊まらずに帰ってもいいと思うくらいにはの」
「ちょっと待って、……それは、ちょっと際どくない?」
「何がじゃ」
「だってなんか、だって……友達に言うセリフじゃないよ」

 私が真っ赤になりながらそう呟くと、零はちょっとムッとしたように眉をひそめた。彼は拗ねた子どもみたいな顔で私を見つめる。

「友人に向けて言っているのではないんじゃから当たり前じゃろ」
「もしかして酔ってる?」
「……我輩に口説かれるのそんなに嫌なの……?」
「えぁ、ごめんそうじゃなくて。……ちょっと信じられないって言うか、ごめん、待って」

勝手にゆるんでいく頬を両手で抑えて、俯きがちに彼から顔を背ける。すると零はくすりと笑って、私の頬に手を当てた。

「そんな反応されると食べちゃいたくなるのう」
「どうせ食べるんじゃん」
「それもそうじゃな。……しかしおぬしを食べていいのは我輩だけにしておくれ」
「……うん」

そんなの元からそうだけど、とは、ちょっと悔しかったから言わなかった。個室なのを良いことに、零は私の顔を上げさせてそのままかぶりつくようにキスをしてくる。

「あっダメじゃこれ零ちゃんおっきすゆ」
「うわ最低」
「いや生理現象じゃ、好きなおなごに受け入れられたら誰でもこうなるじゃろ」
「……ん」

 改めて言われる「好き」は何となくくすぐったくて、対応に困った。ちらりと零のほうを見れば、愛おしくて仕方ないとでも言いたげな微笑みを湛えて、こちらを見つめていた。

「……あの」
「うん? どうしたんじゃ」
「今夜、帰りたくないな……一人で寝て、朝起きて全部夢だったらやだ」
「そんな台詞どこで覚えてくるんじゃ、まったく……おぬしが望むのなら毎朝目覚めるたびに愛を囁いてやろうぞ。そうと決まれば今宵は宴じゃ、シャンパンでも開けちゃおうかの?」

零はうきうきしながらテーブルにドリンクメニューを広げ、ギョッとするような値段のボトルを指さした。いらないいらない、と彼を宥めようとしたけれど、私の制止も聞かずに店員を呼び出しボトルを注文してしまった。

 ――ただの気まぐれなんかじゃないよね、なんて、当たり前だけど彼の表情を見ると聞く気になれなかった。