陽だまりの価値観
※ズ!!時空
「……えっと、仁兎くん」
基礎演習の授業終わりに、突然同じ女の子に声をかけられた。第二外国語でも同じクラスの子だ。すらりと脚が長くて、目鼻立ちも整っていて、お人形さんみたいな子。
「えぇと……みょうじさん?どうかしたのか?」
「うん、あの……さっきはごめんなさい。乱暴な物言いになってしまったかも……」
彼女の言う「さっき」とは、今終わったばかりの基礎演習の授業のことだ。彼女のレポートに対して批判をしろって内容だったから、色々考えて批判をしてみたんだけど、完膚なきまでに論破されてしまった。多分、そのときの反論について言ってるんだろう。
「ううん!むしろすごく勉強になった!おれのレポートも来週批判してもらうらしいから、みょうじさんの意見楽しみにしてるぞ!」
思ったままのことを笑顔で返すと、彼女は少し驚いたような顔をしたあと、安心した顔で笑ってくれた。
「良かった、ありがとう。仁兎くんの批判、とっても良いところを突いてきたからつい楽しくなっちゃって……もしこの後時間があればなんだけど、もう少し話さない?」
「ご飯食べながらでもいいならぜひ!実はさっきのみょうじさんのレポートで、もういっこ気になるところがあって……えーと、食堂でいいか?」
「うん!嬉しい、あんまりこういうことさせてくれる人いないから」
勉強熱心……というか、知識欲が旺盛なんだな、と感心しつつ、荷物をまとめて一緒に教室を出た。
大学入って色んな人と話すけれど、彼女はなんだか浮世離れしているというか……変な言い方だけど、女子にしては珍しく浮いていた。
基礎演習のクラスでも、女子は大抵数人で友達同士固まっているのに、彼女はいつも一人でいた。てっきり、ひとりが好きとか人付き合いが苦手とか、そういう人なのかと思っていた。
でも、いざ食堂でご飯を食べながら話してみると、思いのほか表情豊かで感情的な部分が目立った。声も案外大きいし、お人形さんというにはあまりに生き生きとしている。
「……仁兎くんは賢いんだね。踏み込まないけれど、人生経験豊富なのかな」
「あはは、高校三年間が結構濃かったかもな。あとなずなでいいよ、名字で呼ばれること少ないから、なんかくすぐったい」
「そう?じゃあ私もなまえでいいよ、なずなくん」
「じゃあなまえちんだな!全然関係ないんだけど、なまえちんはモデルとかアイドルとかやってるのか?」
何気なくそう訊ねると、なまえちんは怪訝な顔で首を傾げた。心当たりがない、ということなんだろう。
「やらないよ。もっとやりたいことがあるもん。仁兎……間違えた。なずなくんは、えーと……アイドルさんなんだよね、ごめん、全然テレビ観ないから詳しくないんだけど」
「あはは、今は活動ちょっと見送ってるし、高校の間は目立たなかったから知らなくて当然だ。実はファンです……とか言われたほうが気構えちゃうし、気にしなくていいぞ!でもなまえちん、可愛いからてっきりそういうのしてるのかと……」
「…………なずなくんのほうが可愛いと思うけどなあ」
「可愛いって言うにゃ!おりぇはちゃんと男の子にゃんだかりゃ!……っうぅ、また噛んだ……」
つい、向けられた「可愛い」に反応して興奮してしまった。気持ちが高ぶるとすぐに滑舌が悪くなってしまう。大学に入って幾らかマシになったと思っていたけど、油断は禁物だ。
なまえちんは深く考えるような顔をして、それから楽しそうにおれに問いかける。無邪気で幼い子どものような、楽しげな笑顔だ。
「可愛い、って何かな」
「えっ……うーん、小さな動物とか、子どもとかに対して思うことかなぁ。だからおれ、可愛いって言われると、なんかカッとなっちゃうんだ。おれは非力でか弱い小動物でも子どもでもない!って」
「なるほどね。確かに、自分よりある意味下のものに対して使うのかも。……でも、私がなずなくんに対して可愛いと思ったのは、小さくて非力だからとかじゃないんだよ」
彼女はそう言って、残り少ないオレンジジュースを飲み干す。カラン、と氷がグラスの中で動いた。
彼女の言葉に悪意がないのなんてわかっているつもりなんだけど、どうしても抵抗感がある。おれが眉を寄せて考え込むと、なまえちんはふわりと笑って話を続けた。
「なずなくんは頭が良くて、私の話にも呆れず付き合ってくれる。知らないことは、そうなんだって吸収して、こうなんじゃないかって不思議に思ったことは言葉にしてる。そういうところが可愛いと思ったの。そこには、尊敬も含まれてるんだよ」
「……尊敬?」
「うん。他にも色んな感情が含まれてると思う。私はなずなくんに対して、頭がキレる子だなとか、知識に対して素直で誠実だなって思ったよ。それも全部ひっくるめて、なずなくんは可愛い人だって思ったの。悲しいとか嬉しいとか幸せとかもそうだけど、きっと、人間の感情って色んな思いが複雑に絡み合ってると思うの。だから、可愛いって言うのだってきっと、見下したり馬鹿にする以外の感情と強く結びつきうるんじゃないかな」
彼女の話を聞いてから、暫く彼女の言葉を咀嚼して反芻して、やっと自分の中に落とし込むことが出来た。おれが考え込んでいる間、なまえちんは黙っておれの様子を窺っていた。
「……なるほどなぁ。なんか、大学に入ってからこういうことが多い気がする。全然考えたこともなかった価値観に出会うっていうか……」
「うんうん、私も。そのたび、じゃあそれって突き詰めると何なのかなって気になっちゃう」
「そうそう!自分なりに答えを見つけ出せたら、過去の経験とかにも案外当てはまったりするんだよなぁ。萌柑ちんの考え方、おれはすっごく納得出来るよ。教えてくれてありがとな」
「教える……というと私が正しいみたいだけど、なずなくんの考えも正しいと思うよ。色んな正しいがあるべきだと思うし」
彼女の指先が、グラスのストローをくるくる回す。そのたびにカランコロンと氷が転がる小気味の良い音がした。
「……なまえちんは可愛いって言うより、綺麗だな。うん、確かに、尊敬とか感心とか、色んな感情と一緒に綺麗だって思ってるかも。今までおれに向けられてた可愛いも、もしかしたら拒絶するようなものじゃなかったのかもな」
「どうなんだろうね。他人の気持ちなんて予測するしか出来ないけど……なずなくんはあったかい陽だまりみたいな人だから、きっと皆なずなくんのこと良く思ってるんじゃないかなぁ。なんて、ちょっとしか話してない私に言われてもって感じかもだけど」
あったかい陽だまり、そんな存在に本当になれていたら良いな。そしたらRa*bitsのみんなをおれの陽だまりで元気に遊ばせられるし、安心させられる。そう思うと、自然と頬が緩んだ。
「じゃあ、おれは陽だまりをもっと大きくしなくちゃな。大きくするために、大学でもっと色んなことを知って、色んな人をあったかく照らせるようになるよ」
「……アイドルって凄いんだね。ふふ、応援してる」
確かに授業外で話すのは初めてなのに、なまえちんには、なんだか思ったことをすらすら話してしまう。話しても大丈夫だって安心させられるというか、話したらおれが求める以上が返ってくるから楽しいというか……。
どっちにしろ、おれを陽だまりだっていうなまえちんこそ、本当に心地良い陽だまりみたいなひとなんだ。
「……えっと、仁兎くん」
基礎演習の授業終わりに、突然同じ女の子に声をかけられた。第二外国語でも同じクラスの子だ。すらりと脚が長くて、目鼻立ちも整っていて、お人形さんみたいな子。
「えぇと……みょうじさん?どうかしたのか?」
「うん、あの……さっきはごめんなさい。乱暴な物言いになってしまったかも……」
彼女の言う「さっき」とは、今終わったばかりの基礎演習の授業のことだ。彼女のレポートに対して批判をしろって内容だったから、色々考えて批判をしてみたんだけど、完膚なきまでに論破されてしまった。多分、そのときの反論について言ってるんだろう。
「ううん!むしろすごく勉強になった!おれのレポートも来週批判してもらうらしいから、みょうじさんの意見楽しみにしてるぞ!」
思ったままのことを笑顔で返すと、彼女は少し驚いたような顔をしたあと、安心した顔で笑ってくれた。
「良かった、ありがとう。仁兎くんの批判、とっても良いところを突いてきたからつい楽しくなっちゃって……もしこの後時間があればなんだけど、もう少し話さない?」
「ご飯食べながらでもいいならぜひ!実はさっきのみょうじさんのレポートで、もういっこ気になるところがあって……えーと、食堂でいいか?」
「うん!嬉しい、あんまりこういうことさせてくれる人いないから」
勉強熱心……というか、知識欲が旺盛なんだな、と感心しつつ、荷物をまとめて一緒に教室を出た。
大学入って色んな人と話すけれど、彼女はなんだか浮世離れしているというか……変な言い方だけど、女子にしては珍しく浮いていた。
基礎演習のクラスでも、女子は大抵数人で友達同士固まっているのに、彼女はいつも一人でいた。てっきり、ひとりが好きとか人付き合いが苦手とか、そういう人なのかと思っていた。
でも、いざ食堂でご飯を食べながら話してみると、思いのほか表情豊かで感情的な部分が目立った。声も案外大きいし、お人形さんというにはあまりに生き生きとしている。
「……仁兎くんは賢いんだね。踏み込まないけれど、人生経験豊富なのかな」
「あはは、高校三年間が結構濃かったかもな。あとなずなでいいよ、名字で呼ばれること少ないから、なんかくすぐったい」
「そう?じゃあ私もなまえでいいよ、なずなくん」
「じゃあなまえちんだな!全然関係ないんだけど、なまえちんはモデルとかアイドルとかやってるのか?」
何気なくそう訊ねると、なまえちんは怪訝な顔で首を傾げた。心当たりがない、ということなんだろう。
「やらないよ。もっとやりたいことがあるもん。仁兎……間違えた。なずなくんは、えーと……アイドルさんなんだよね、ごめん、全然テレビ観ないから詳しくないんだけど」
「あはは、今は活動ちょっと見送ってるし、高校の間は目立たなかったから知らなくて当然だ。実はファンです……とか言われたほうが気構えちゃうし、気にしなくていいぞ!でもなまえちん、可愛いからてっきりそういうのしてるのかと……」
「…………なずなくんのほうが可愛いと思うけどなあ」
「可愛いって言うにゃ!おりぇはちゃんと男の子にゃんだかりゃ!……っうぅ、また噛んだ……」
つい、向けられた「可愛い」に反応して興奮してしまった。気持ちが高ぶるとすぐに滑舌が悪くなってしまう。大学に入って幾らかマシになったと思っていたけど、油断は禁物だ。
なまえちんは深く考えるような顔をして、それから楽しそうにおれに問いかける。無邪気で幼い子どものような、楽しげな笑顔だ。
「可愛い、って何かな」
「えっ……うーん、小さな動物とか、子どもとかに対して思うことかなぁ。だからおれ、可愛いって言われると、なんかカッとなっちゃうんだ。おれは非力でか弱い小動物でも子どもでもない!って」
「なるほどね。確かに、自分よりある意味下のものに対して使うのかも。……でも、私がなずなくんに対して可愛いと思ったのは、小さくて非力だからとかじゃないんだよ」
彼女はそう言って、残り少ないオレンジジュースを飲み干す。カラン、と氷がグラスの中で動いた。
彼女の言葉に悪意がないのなんてわかっているつもりなんだけど、どうしても抵抗感がある。おれが眉を寄せて考え込むと、なまえちんはふわりと笑って話を続けた。
「なずなくんは頭が良くて、私の話にも呆れず付き合ってくれる。知らないことは、そうなんだって吸収して、こうなんじゃないかって不思議に思ったことは言葉にしてる。そういうところが可愛いと思ったの。そこには、尊敬も含まれてるんだよ」
「……尊敬?」
「うん。他にも色んな感情が含まれてると思う。私はなずなくんに対して、頭がキレる子だなとか、知識に対して素直で誠実だなって思ったよ。それも全部ひっくるめて、なずなくんは可愛い人だって思ったの。悲しいとか嬉しいとか幸せとかもそうだけど、きっと、人間の感情って色んな思いが複雑に絡み合ってると思うの。だから、可愛いって言うのだってきっと、見下したり馬鹿にする以外の感情と強く結びつきうるんじゃないかな」
彼女の話を聞いてから、暫く彼女の言葉を咀嚼して反芻して、やっと自分の中に落とし込むことが出来た。おれが考え込んでいる間、なまえちんは黙っておれの様子を窺っていた。
「……なるほどなぁ。なんか、大学に入ってからこういうことが多い気がする。全然考えたこともなかった価値観に出会うっていうか……」
「うんうん、私も。そのたび、じゃあそれって突き詰めると何なのかなって気になっちゃう」
「そうそう!自分なりに答えを見つけ出せたら、過去の経験とかにも案外当てはまったりするんだよなぁ。萌柑ちんの考え方、おれはすっごく納得出来るよ。教えてくれてありがとな」
「教える……というと私が正しいみたいだけど、なずなくんの考えも正しいと思うよ。色んな正しいがあるべきだと思うし」
彼女の指先が、グラスのストローをくるくる回す。そのたびにカランコロンと氷が転がる小気味の良い音がした。
「……なまえちんは可愛いって言うより、綺麗だな。うん、確かに、尊敬とか感心とか、色んな感情と一緒に綺麗だって思ってるかも。今までおれに向けられてた可愛いも、もしかしたら拒絶するようなものじゃなかったのかもな」
「どうなんだろうね。他人の気持ちなんて予測するしか出来ないけど……なずなくんはあったかい陽だまりみたいな人だから、きっと皆なずなくんのこと良く思ってるんじゃないかなぁ。なんて、ちょっとしか話してない私に言われてもって感じかもだけど」
あったかい陽だまり、そんな存在に本当になれていたら良いな。そしたらRa*bitsのみんなをおれの陽だまりで元気に遊ばせられるし、安心させられる。そう思うと、自然と頬が緩んだ。
「じゃあ、おれは陽だまりをもっと大きくしなくちゃな。大きくするために、大学でもっと色んなことを知って、色んな人をあったかく照らせるようになるよ」
「……アイドルって凄いんだね。ふふ、応援してる」
確かに授業外で話すのは初めてなのに、なまえちんには、なんだか思ったことをすらすら話してしまう。話しても大丈夫だって安心させられるというか、話したらおれが求める以上が返ってくるから楽しいというか……。
どっちにしろ、おれを陽だまりだっていうなまえちんこそ、本当に心地良い陽だまりみたいなひとなんだ。