策士と冬
『――続いて、今日のお天気です。今日は全国的に厳しい寒さとなるでしょう。最高気温は前日より五度前後低くなる見込みです。また、夕方から夜にかけては雪が降るおそれがありますので、お出かけの際は折り畳み傘を忘れずに――』
天気予報士の言葉を聞きながら、淹れたてのホットコーヒーに口をつける。今日は――前々から予想されていたことだが――今年最大の寒波の影響でかなり冷え込むそうだ。そして自分個人の話をすれば今日は完全にオフの日でもある。
ともなれば暖かな自宅に引きこもるのが最善手かと思われるかもしれないが、俺はそんな勿体ないことはしない。今年一番の寒さというならとことん利用してやるまでだ。
鞄の奥に一応折り畳み傘を忍ばせ、つんと張り詰めた冷たい空気のなか待ち合わせ場所へと向かう。予定時刻より三十分早く着くと、そこにはもう彼女の姿があった。
「……やぁやぁ、お待たせ致しました! 随分お早い到着ですが、自分、もしかして時間を勘違いしていたでしょうか……?」
彼女に駆け寄って声をかけると、彼女は驚いたようにびくりと肩を跳ねさせてから、何だか不器用に笑った。
「おはよ。ううん、間違ってないと思う……私が間違って早く着きすぎちゃったの」
「左様ですか。それならそうと連絡をくださればいいものを、寒かったでしょう」
さりげなく、彼女の華奢な手を包み込む。彼女の手は氷のように冷たかった。どうやら着いたところというわけではないらしい。
手に触れてみて彼女の反応を窺ってみたが、彼女は手を振りほどこうとはせず、されるがままにきょとんと自分の手を見つめていた。どうやら手を繋ぐくらいは許されるらしい。
「では早速行きましょうか。軽食を済ませて体を温めましょう!」
「あ、うん……。えっと、カフェの……覆面調査?」
「というほどのものでもありませんよ。ただ一度、お客様の立場から利用して不便等がないか確認しようと思いまして」
「大変だねぇ」
今日はこんな調子で、市場調査だのなんだのと色々な理由をつけて彼女を丸一日デートに誘った。彼女がデートだと思っているかどうかはわからないが、一旦今のところはどちらでもかまわない。今日は寒さを理由にこうしてさりげなく手を繋いだり、夕方から降る予定の雪を二人で見たりして完璧な冬のデートを実現する予定なのだ。
実際、カフェでの会話も弾んだし、そこからのショッピングでも中々良い雰囲気の時間を過ごせた。やがて日が沈みだすと、いっそう寒さが厳しくなり、予定通りに雪がちらつきだした。ムードづくりも親密度も計画通りだ。ちらりと横を見れば、彼女は空を見上げて微笑んでいた。
「……」
ふんわりとマフラーのうえでたわんだ柔らかな髪に、星くずのような雪がつく。無邪気な子どものようなその表情に思わず数秒見蕩れてしまった。すると不意に彼女がこちらを向いたので、ぱちりと視線がかち合った。
「雪、きれいだね」
「……そう、ですね」
「茨くん、髪に雪ついてる」
「あぁ、ありがとうございます」
彼女は手を伸ばして俺の頭についた雪を軽く払う。これからディナーに誘って、雰囲気のある綺麗なレストランで告白をする……予定だった。それなのに、俺は衝動的に彼女の手を取って距離を詰めてしまったのだ。
「好きです」
「えっ」
「……貴女のことが好きです、すみません、こんな予定ではなかったのですが」
「えぁ……」
俺が彼女の手を掴んだまま真剣にそう言うと、彼女は間の抜けた声を発したあとしばらく黙り込んだ。しかし言葉を失うかわりにその頬を真っ赤に染めていくものだから、つい返事も貰わないうちから笑ってしまう。
「真剣に交際していただきたいのですが、どうですか? メリットを列挙しましょうか」
「いい、いいです、大丈夫。……メリットなんて、だって……茨くんに好きって言ってもらえるより嬉しいことなんかないよ」
「…………好意的に解釈していいんですかね、それは」
「はい……、よろしくお願いします……」
彼女は消えそうな声でそう答えた。一度辺りを見回して、ひとけがないのを確認してから彼女を抱き寄せる。冷静に考えれば危険な行為だったが、そのときはあんなに寒かったくせに頭は一向に冷えてくれなかったのだ。
「はあ、あっつ……」
全身の沸き立つ血や逸る鼓動を感じながら、そっと独りごちた。もはや寒さも雪も意識のずっと外側にしかなく、ただ腕のなかにいる彼女だけが意識を支配していた。
天気予報士の言葉を聞きながら、淹れたてのホットコーヒーに口をつける。今日は――前々から予想されていたことだが――今年最大の寒波の影響でかなり冷え込むそうだ。そして自分個人の話をすれば今日は完全にオフの日でもある。
ともなれば暖かな自宅に引きこもるのが最善手かと思われるかもしれないが、俺はそんな勿体ないことはしない。今年一番の寒さというならとことん利用してやるまでだ。
鞄の奥に一応折り畳み傘を忍ばせ、つんと張り詰めた冷たい空気のなか待ち合わせ場所へと向かう。予定時刻より三十分早く着くと、そこにはもう彼女の姿があった。
「……やぁやぁ、お待たせ致しました! 随分お早い到着ですが、自分、もしかして時間を勘違いしていたでしょうか……?」
彼女に駆け寄って声をかけると、彼女は驚いたようにびくりと肩を跳ねさせてから、何だか不器用に笑った。
「おはよ。ううん、間違ってないと思う……私が間違って早く着きすぎちゃったの」
「左様ですか。それならそうと連絡をくださればいいものを、寒かったでしょう」
さりげなく、彼女の華奢な手を包み込む。彼女の手は氷のように冷たかった。どうやら着いたところというわけではないらしい。
手に触れてみて彼女の反応を窺ってみたが、彼女は手を振りほどこうとはせず、されるがままにきょとんと自分の手を見つめていた。どうやら手を繋ぐくらいは許されるらしい。
「では早速行きましょうか。軽食を済ませて体を温めましょう!」
「あ、うん……。えっと、カフェの……覆面調査?」
「というほどのものでもありませんよ。ただ一度、お客様の立場から利用して不便等がないか確認しようと思いまして」
「大変だねぇ」
今日はこんな調子で、市場調査だのなんだのと色々な理由をつけて彼女を丸一日デートに誘った。彼女がデートだと思っているかどうかはわからないが、一旦今のところはどちらでもかまわない。今日は寒さを理由にこうしてさりげなく手を繋いだり、夕方から降る予定の雪を二人で見たりして完璧な冬のデートを実現する予定なのだ。
実際、カフェでの会話も弾んだし、そこからのショッピングでも中々良い雰囲気の時間を過ごせた。やがて日が沈みだすと、いっそう寒さが厳しくなり、予定通りに雪がちらつきだした。ムードづくりも親密度も計画通りだ。ちらりと横を見れば、彼女は空を見上げて微笑んでいた。
「……」
ふんわりとマフラーのうえでたわんだ柔らかな髪に、星くずのような雪がつく。無邪気な子どものようなその表情に思わず数秒見蕩れてしまった。すると不意に彼女がこちらを向いたので、ぱちりと視線がかち合った。
「雪、きれいだね」
「……そう、ですね」
「茨くん、髪に雪ついてる」
「あぁ、ありがとうございます」
彼女は手を伸ばして俺の頭についた雪を軽く払う。これからディナーに誘って、雰囲気のある綺麗なレストランで告白をする……予定だった。それなのに、俺は衝動的に彼女の手を取って距離を詰めてしまったのだ。
「好きです」
「えっ」
「……貴女のことが好きです、すみません、こんな予定ではなかったのですが」
「えぁ……」
俺が彼女の手を掴んだまま真剣にそう言うと、彼女は間の抜けた声を発したあとしばらく黙り込んだ。しかし言葉を失うかわりにその頬を真っ赤に染めていくものだから、つい返事も貰わないうちから笑ってしまう。
「真剣に交際していただきたいのですが、どうですか? メリットを列挙しましょうか」
「いい、いいです、大丈夫。……メリットなんて、だって……茨くんに好きって言ってもらえるより嬉しいことなんかないよ」
「…………好意的に解釈していいんですかね、それは」
「はい……、よろしくお願いします……」
彼女は消えそうな声でそう答えた。一度辺りを見回して、ひとけがないのを確認してから彼女を抱き寄せる。冷静に考えれば危険な行為だったが、そのときはあんなに寒かったくせに頭は一向に冷えてくれなかったのだ。
「はあ、あっつ……」
全身の沸き立つ血や逸る鼓動を感じながら、そっと独りごちた。もはや寒さも雪も意識のずっと外側にしかなく、ただ腕のなかにいる彼女だけが意識を支配していた。