ある日から、私の世界に朝がこなくなった。いつもならけたたましいアラームに起こされて朝日のまぶしさに
目を細めるのに、ある日突然、私の目はなんの光もうつさなくなってしまった。

「ふむ、ふむ……めがみえなくなってしまったんですね〜、それはたいへんです」
「……うん、ごめんね、いきなり呼び出して」

 四苦八苦しながら奏汰くんに電話をかけると、珍しく彼はワンコールで出てくれた。そして私がたどたどしく事情を話すとすぐに家まで来てくれたのだ。奏汰くんの姿は見えないけれど、すぐ近くで彼の匂いがする。それだけでほんの少し安心できた。

「いえいえ、ぼくはあなたのこいびとですから、これくらいとうぜんです。……めがみえないなら、ひとりでいるのはきけんですね? まためがみえるようになるまで、ぼくがずぅっとおそばにいますからね……♪」
「え……いやいや、奏汰くんそんなに暇じゃないでしょ。いいよ、ひとりでも多分なんとかなると思うし」
「めっ、ですよ。ひとりでむりをして、けがをされたらかなしいです。ぼくのために、いっしょにいてください」
「……ごめんね」

私が申し訳なくなって顔を俯けると、奏汰くんはそっと私の頬に触れる。そして私の顔を上向かせ、よしよしと穏やかに頭を撫でてくれた。

 ――それから、宣言通り奏汰くんは毎日ずっと私にかかりきりになった。歩くときは必ず腕を組んで、食事も雛鳥みたいに奏汰くんに食べさせてもらって、お風呂も二人で一緒に入る。申し訳なさはつもる一方だったけれど、こんなにも長い時間一緒に過ごせることへの嬉しさも、同じようにあふれていた。

「……このまま、みえないままなんでしょうか」

 ある夜、狭いベッドに二人で身を寄せあって横になっていると、不意に奏汰くんがぽつりとつぶやいた。

「どうだろう……お医者さんは心の問題かもって、言ってたけど」
「あなたがみたくないとおもうなら、それもいいのかもしれないですね。……でもぼくは、あなたにみせたいものがいっぱいあるので、ちょっとだけさびしいです。それから、……ぼくは、なまえのめをみるのがすきだったので……」
「奏汰くん……」

奏汰くんは私の手を柔く握ったまま、それきり何にも言わなかった。ただ、手に伝わる体温と、すぐそばで聞こえる呼吸くらいでしか、彼を感じることは出来なかった。

「……奏汰くん…………あのね、私の目が治っても、なるべくでいいから、そばにいてくれる?」
「もちろんです」
「ありがと。……私ね、もうずっと、朝なんかこなきゃいいのにって思ってたの。なんにも見えなくなればいいのにって……でもやっぱり、奏汰くんのこと見えないのは寂しいな」
「そうですね」

見えないなりに、暗闇のなか、彼の手を繋ぎ直す。そしてその手を引き寄せ、手の甲にそっとくちびるを当てた。

「明日は朝がくるといいな」
「……きっときますよ。なまえがきてほしいとおもうなら」
「そうかな」
「そうですよ、だからめをとじて、ゆっくりやすみましょう」

 何にも見えないけれど、身体の力を抜いて眠る準備をする。奏汰くんはまた、空いた方の手で私の頭を撫でてくれた。カチコチと秒針の音がする。

「……おやすみなさい。またあした」
「うん、おやすみ」

明日になればきっと、また眩しい朝が来てくれる。確証のない確信を胸に、私は奏汰くんのいつもの笑顔を思い出しながら眠りについた。

 そうして翌朝目を覚ますと、眩しい朝日のなかで微笑む奏汰くんと一番に目が合ったのだった。