「バラの香りがする」

と、彼女はそう言って俺に近づいた。唐突に距離を詰められたことに驚いて、咄嗟に銃口を向けられた犯罪者のように両手を上げてしまう。

ドキドキと逸る鼓動がバレてしまわないかと不安に思っていると、彼女はまたしても不意に顔を上げて俺の瞳をまっすぐ見つめた。

「本当に吸血鬼みたいですね。お昼はバラでも食べたんですか?」
「……みたい、ではなく本当にバラをおやつにしておる吸血鬼なんじゃよ……と言ったら、怖がられてしまうかのう?」

 さりげなく両手を下ろして平然を装う。彼女はふっと優しく微笑むと、一歩引いて距離を取った。

「怖くはないけど、信じちゃうと思います。朔間さん、本当に綺麗だから。……でも私はバラ好きだから、朔間さんがバラを食べちゃうならちょっとやだな」
「ほう。バラが好きなのかや」
「はい、好きですよ」
「…………我輩も好きじゃよ」

彼女の言葉に不覚にもドキッとしてしまったのがなんとなく悔しくて、試すようにそう返してみた。けれどきっと彼女のことだから、邪推せず、疑わず気がつかず、俺がバラの話をしていると思うのだろう。

 が、しかし、彼女の反応は意外にも愛らしいものだった。ほんのり頬をさくら色に染めて、彼女はふいと視線を逸らしたのだ。

「じゃあ、好きなら食べたりしませんよね」
「うむ、いや、……好きだからこそ食べちゃいたいというのはあるじゃろ?」

思いきって彼女の柔い頬に指の背で触れると、彼女はぴくりと微かに細い肩を揺らし、不安と期待が入り交じったような熱っぽい瞳でこちらを見据えた。

「……あの、バラの話ですよね」
「くく、さぁどうじゃろうな? まぁ、我輩はバラは食べないタイプの吸血鬼じゃから。そこは安心しておくれ」
「はい……」
「それで話は変わるんじゃけど、この後空いておる? もし良ければ食事でもどうかの」

 余裕ぶって彼女を誘えば、彼女はまた恥じらうように視線を逸らして、それでもバラのつぼみのように小さく期待を孕んだ声で返事をしたのだ。彼女の返事が承諾であったかどうかは、もはや言うまでもないだろう。