「ほん……っと〜〜〜に嫌なの、お願い、帰って」
「うんうんそんなのぼくの知ったことじゃないね! んもうっ、往生際が悪いね! チェーンカッターも用意させたほうがいい?」

ピンとドアチェーンを引っ張って、彼は嫌味なくらい眩しい笑顔を向けてきた。これ以上玄関先で騒がれても迷惑だと諦め、一度ドアを閉めてからチェーンを外す。すぐにドアが開かれ、日和くんが中へ押し入ってきた。

「はあ、なまえちゃんが無駄に抵抗するから疲れちゃったね」
「そもそもいきなり来ないでよ」
「いきなり来ても良いようにってこれをくれたんじゃないの?」

 彼は先日あげた合鍵を指先で鳴らし、私が反論できなくなったのを見て満足そうに笑うと大袈裟にハグをしてきた。心做しかいつもより乱暴に力いっぱい抱き締められて、少し息が苦しくなる。もちろん日和くんはそんなことお構いなしのようすだ。

「それで、どうして…………ん? ん〜? きみ……コンタクトだったっけ。目の焦点が合ってないね? この距離でもぼくの顔が見えてないの?」

一旦身体を離したのに、彼はムッと眉間に皺を寄せてまた私に詰め寄った。誤魔化すかどうか一瞬迷ったけれど、どうせ誤魔化したってすぐに見破られてしまうだろうし、一度誤魔化そうとしたときのほうが彼が不貞腐れるのは目に見えていた。諦めて項垂れたまま頷く。

「うん、もう……コンタクトも外したし化粧も落としたし、やっぱりちょっと恥ずかしかったの」
「ふぅん? ……なまえちゃんなまえちゃん、きみって家で一人のときは眼鏡なの?」
「まぁ、なにかするときはね」
「ぼく、なまえちゃんが眼鏡かけてるところ見たことないんだけど?」

 嫌な予感がして後ずさる。すかさず私の手首を捕まえようとした彼の手を既のところで躱す。ふと彼の顔を見ると、何とも不満そうな顔で私を見つめていた。

「絶対に嫌。ほんとに」
「ぼくまだ何も言ってないね!」
「眼鏡かけてるとこは絶対に見せません」
「なぁんでっ! きみって髪の一本一本から爪先までぜんぶぼくのものだよね? どうしてきみが勝手に見せないなんて決められるの? 決めていいわけがないよねっ、きみは余すところなくぜんぶぼくのものなんだからね!」

ドタドタと近所迷惑になりそうな追いかけっこをして、とうとうリーチの差で彼に捕まってしまった。ベッドに転がされ、日和くんが近くに置いていた眼鏡を手に取る。

「っ嫌い、嫌いになるから! 無理やり嫌なことするなら日和くんなんか嫌い!」
「……ふぅん? へ〜ぇ……そうなんだ?」

 私ががむしゃらに彼を止めようと言葉を吐き出すと、日和くんは静かに笑ったあと、いつもよりずっと強引にキスをしてきた。口を開かされて舌を器用に絡め取られ、突然のことに驚いていると彼の指がそっと私の耳のふちをなぞった。思わず身体を跳ねさせ、きゅっと目を瞑ってしまう。彼は長いキスを終えると、口を離してそっと私に眼鏡を掛けさせた。恐る恐る、目を開ける。

「ふふ、今さらきみがどうやってぼくのこと嫌いになるんだろうね? ……うんうん、やっぱり似合うねっ、ぼくは無いほうが好きだけどね!」
「結局そうなんじゃん……」
「似合う似合わないは別として、キスがしにくいからね? 眼鏡自体は悪くないね♪」
「……」

 もはやぐうの音も出なくて、ただ目の前の彼を見つめるしかできなくなってしまった。私が精一杯睨んでみても日和くんは幸せそうに笑うばかりで、それどころかせっかく掛けさせられた眼鏡を呆気なく外してまたキスをしてきたりするのだった。

 合鍵を渡したのは自分だし、別に後悔はちっともしていない。それでも今まで見せていなかった姿を見せるというのは何とも気恥しいものなのだ。多分、彼に言わせればそんなことはどうでもいいのだろうけれど。