ひらひらと桜の花びらが落ちてくる。ベンチのそばに植えられた桜の木の、満開の桜越しに青空を眺めた。すると不意に、私の隣へ誰かが腰を下ろした。

「お待たせ」
「凛月くん。……身体、平気?」
「ふふ、会って一言目がそれ? 大丈夫だよ、陽射しもまだ柔らかいし……なまえに会うために昨晩はちゃんとぐっすり寝たんだから」
「そっか、ありがとうね」

凛月くんはさりげなく私の手に自分の手を重ねて、微かに目を細める。その綺麗な黒髪に桜の花びらが落ちてきたから、手を伸ばして花びらをつまんだ。

「……なぁんだ、撫でてくれるのかと思ったのに」
「撫でてほしいの?」
「撫でてもいいよ、なまえにだけ特別に許してあげる」
「あはは、なにそれ」

 彼が長いまつ毛を伏せてこちらに頭を差し出すから、言われるがままに形のいい頭を優しく撫でた。私の手が彼の頭を二、三往復すると、凛月くんは満足したように笑って顔を上げた。

「うん、よろしい。じゃあ行こっか?」
「うん」

彼は立ち上がり、手は繋いだままで私のほうを向いた。私が立ち上がると、彼は手を恋人繋ぎにして歩き出す。
「どこ行くんだっけ?」

さく、さくといつもより小股で歩きながら、隣を歩く凛月くんを横目で盗み見る。

「ん〜……着いてからのお楽しみ、かな」

凛月くんはそう言って悪戯っぽく笑った。今日は連れていきたいところがあると言われていたのだけれど、どうやら行先は教えてもらえないらしい。時間も時間だしランチのできるところかな……と予想しつつ彼に着いて行った。

 平日の昼間は人通りも少なくて、なんだか時間までゆっくり緩慢に流れているような気がするほど穏やかだ。小春日和のやさしい温度のなか、凛月くんと私は最近あったなんでもないような話をしながらゆっくりゆっくり歩いた。

「……お、着いた。ここだ」
「わ、お洒落〜……」
「うん、ナッちゃんに教えてもらったんだ。どうぞ、お姫さま♪」
「う、うん……」

凛月くんに促されて足を踏み入れたそのお店は、穴場っぽいお洒落なカフェだった。店員さんに案内されて奥のテーブル席に座る。

「なまえ、何にする? ナッちゃんオススメは〜、春限定のさくらラテとふわふわパンケーキだって」
「え〜、美味しそう……それにしようかな。凛月くんは?」

メニュー表を広げて、凛月くんは少し悩んだあと綺麗なピンク色の写真を指さした。

「俺はこっちのさくらソーダとパンケーキにしようかな」
「へぇ、さくら味のソーダなんてあるんだね。うーん、でもとりあえずさくらラテにしようかな」
「了解。すみませーん」

凛月くんは店員さんを呼んで先程決まった注文を伝える。店員さんはメニュー表を片づけ、カウンターの向こうへ行ってしまった。

「デートするの、ちょっと久しぶりだね」

 私がお手ふきで手を拭いていると、凛月くんがぽつりとそう呟いた。確かに言われてみれば、最後にデートをしたのはバレンタイン付近だったような気がする。

「バレンタインとかホワイトデーとか、忙しそうだもんね」
「うん……まぁ、ありがたいことだけどね。でも寂しくさせたかなって、ちょっと反省」
「いやいや、しょうがないよ。それに久しぶりだとそのぶん会えたとき嬉しいもん」
「……うん。俺もなまえに会えて嬉しい」

するりと彼の手が私の手に触れる。慈しむような眼差しに見つめられると顔が熱くなってしまう。私が恥ずかしくなって顔をうつむけると、凛月くんは指先で私の頬を撫でた。

「あはは、まっかっか」
「久々だからちょっと、刺激が強いかも」
「ふ〜ん、でもそんなに良い反応されるといじめたくなるんだけど」
「勘弁して……」

 そんな中身のないふわふわしたやり取りを続けていると、先にラテとソーダが運ばれてきた。お互いカップを手繰り寄せて、ストローに口をつける。

「んっあま、美味しい!」
「ん〜……流石ナッちゃんオススメ、当たりだったね」

甘いミルクと桜の味がふんわりと口のなかに溶け込んでくる。私が美味しさにニコニコ笑っていると、凛月くんはちらりと私の手もとを見た。

「ねぇなまえ、ひとくちちょうだい」
「いいよ、どうぞ」
「ありがと、じゃあ遠慮なく」

 凛月くんはニヤリと笑って、少し身を乗り出すと私にキスをし、舌先でくちびるをちろりと舐めた。呆気に取られて固まっている私をよそに、凛月くんは満足そうに頷く。

「ほんとだ、結構甘いかも」
「……う、うん……あの、凛月くん、私このままだと今日が終わる前に心臓爆発して死んじゃうかも……」

か細い声で正直に白状してみたところ、凛月くんは嬉しそうに無邪気な笑顔を浮かべた。

「頑張って耐えてよ、俺だってなまえに会えない間頑張って我慢してたんだし」
「う〜……努力します……」

 会えなかったぶんを取り戻すように、その日は一日中こんな調子で甘やかされた。そのたびにちゃんと心臓は倍の速さで脈打って、デートが終わるころになっても慣れたりなんかちっともしなかった。多分この先何回デートしても、彼の紅い瞳に見つめられるだけで胸は高鳴ってしまうのだろう。