ふたりきりの夜
シン……と静まり返った部屋のなか、私が行き場をなくして立ち尽くしていると、肩にバスタオルをかけられた。
「お風呂、先に入る?」
「ひぇ、あっいえ、どうぞお先に」
「そう? ならちゃんと温まって待っててね」
「はい……」
日和さんはニコッと綺麗に笑って、スタスタとお風呂場へ向かった。私はきょろきょろと部屋を見回したあと、重い溜息と共に狭いソファへ腰を下ろす。
大きいベッドと何故か室内に設置されたスロット機、所々に見え隠れする性関連のグッズ……などなど、室内を見れば見るほどますます緊張してしまう。膝のうえで所在なく手遊びをし、黙って日和さんがシャワーを浴び終えるのを待った。
――先ほど、駅前でばったり彼と出会したときは、まさかこんなことになるだなんて思いもしなかった。私は友人と遊んだ帰りで、彼はどうやら仕事の帰り道らしかった。彼は私を見かけるなり大きく手を振って声をかけ、元気に駆け寄ってきたのだ。
「こんばんはっ! 生憎のお天気だね、こんなところで何してるの?」
「こんばんは。えっと、今から帰ろうと思ってたんですけど……電車、止まっちゃったみたいだからどうしようかな〜と」
激しい雨風に吹かれながらもなんとか辿り着いた駅で聞かされたのは、悪天候のため当面は運転見合わせという最悪のアナウンスだった。
「ふぅん……それは災難だったね。でもここでぼくに会えたのはラッキーだったね! 立ち往生するにしてもぼくと一緒のほうが幸せだからね♪」
「あはは、確かに。でももう遅いですし、近くのネカフェにでも泊まろうかと思ってたんですけど……」
「えっ、だめだめ! こんな状況でぼくを置いて行くなんて許せないね!」
「う〜ん……」
私が苦笑して考え込むと、日和さんはいまいち真意の読めない微笑を浮かべて私の顔を覗き込んだ。思いのほか近い距離にびっくりしてつい固まってしまう。
「ねぇ、ひとりぼっちよりふたりでいたほうがいいと思わない?」
「……は、はい」
「うんうん、そうだよね♪ なら今晩は一緒にいようね!」
「えっ!?」
日和さんは驚く私に構わず、手を取って歩き出した。駅からすぐそばにあるホテル街までいつもの調子で歩き、部屋を取って、今に至る。
改めて思い返してみても、彼が何を考えているのかはわからない。ただ単に、何の思惑もなく言葉どおり、ひとりぼっちで夜を明かすより誰かがそばにいたほうがいいと思っただけなのだろうか。つまり場所に深い意味はなく、それぞれシャワーを終えたら大人しく眠るだけなのだろうか……。それとも、と別の可能性を考えそうになった途端、急に恥ずかしくなってひとりで頭を抱えてしまった。
「どうしたの、寒い?」
「んひゃっ!? あっいえ大丈夫ですっ」
不意に耳もとで声がして大袈裟に肩を跳ねさせてしまう。お風呂から上がった日和さんは備えつけのバスローブを身にまとっていた。それが何とも色っぽくて、直視できずに目を逸らしてしまう。
「そう。じゃあ早く入っておいで、待ってるからね」
「はい……」
ぎくしゃくしつつ立ち上がってシャワールームに向かう。そのとき洗面所で見た自分の顔は、ちょっと恥ずかしいくらい真っ赤だった。
シャワーを浴びながら、どうにかこのぎこちなさを解消できないかと頭のなかを整理する。が、やはり彼の真意なんて想像することしかできないし、頭を整理したところで緊張はちっとも消えてくれなかった。一応、そんなことはないと思うけれど念の為、自分の身体を隅々までチェックして丁寧に洗い上げ、ようやくお風呂を終えた。
ユニセックスなせいでサイズの大きなバスローブを、きっちりと胸もとを閉めて身にまとう。タオルで髪の水分を拭って、一度長い溜め息をついてから両頬を二回ほど軽く叩き、日和さんのいる部屋へ戻った。部屋は私がシャワーを浴びる前より暗めの照明になっていて、日和さんはベッドのふちに腰掛けていた。
「お待たせしました……」
「うんうん、こんなにぼくを待たせるなんていい度胸だね」
「ご、ごめんなさい」
「おいで」
ぽんぽんと隣を手で叩かれ、恐る恐る彼の隣に腰を下ろす。私が彼のほうを向けずに少し俯いたままでいると、彼は私の手をそっと握った。
「怖い?」
「……ちょっとだけ……」
「うんうん、そうだろうね。男の人とこんなところでふたりきりになったら、することなんてひとつしかないもんね?」
「でも、でも……その、日和さんってそういうの、あんまり興味無さそうっていうか……。私なんかとそんなことしたって、」
心臓の鼓動が速くなって頭が真っ白になる。私が何か言いきるより先に、日和さんが私の顎に指を当てて顔を上げさせた。
「あんまり、ぼくの好きな子のこと悪く言わないでほしいね。きみ自身でもそれは許してあげられないからね」
「……っえ」
「はあ。ぼくってそんなに無垢に見えてるの? それとも好きじゃない子をこんなところに連れ込むくらい慣れてるって思われてる? どちらにせよ認識を改めるべきだね」
日和さんはそう言うと、私をぎゅうっと強く抱き締めた。密着した肌から、私と同じくらいの速さで脈打つ心音が伝わってくる。
「……こんなにドキドキしちゃうくらいには、ちゃんときみのこと大好きだからね」
私は胸がいっぱいになるばかりでもう何も言えなかった。その代わり、彼の広い背中に手を回してぎゅうっと抱き締め返してみる。
「ふふっ、照れ屋さんなんだから。ハグしただけでこんなに真っ赤になっちゃって大丈夫?」
「大丈夫じゃない、かも」
「だろうね、でも今さら待ってもやめても聞いてあげないからね?」
日和さんは少し身体を離し、私の肩を押してベッドに寝かせた。熱い手のひらが首もとに触れる。
「ね、きみのこと全部見せてくれる?」
「……ぜ、全部はちょっと、恥ずかしいです」
「あははっ、そうだね。じゃあちょっとずつでも許してあげる……♪」
綺麗な顔が近づいて、ちゅ、とくちびるに柔い感触がする。それだけでまた真っ赤になってしまう私を見て、日和さんは仕方なさそうに笑った。
「お風呂、先に入る?」
「ひぇ、あっいえ、どうぞお先に」
「そう? ならちゃんと温まって待っててね」
「はい……」
日和さんはニコッと綺麗に笑って、スタスタとお風呂場へ向かった。私はきょろきょろと部屋を見回したあと、重い溜息と共に狭いソファへ腰を下ろす。
大きいベッドと何故か室内に設置されたスロット機、所々に見え隠れする性関連のグッズ……などなど、室内を見れば見るほどますます緊張してしまう。膝のうえで所在なく手遊びをし、黙って日和さんがシャワーを浴び終えるのを待った。
――先ほど、駅前でばったり彼と出会したときは、まさかこんなことになるだなんて思いもしなかった。私は友人と遊んだ帰りで、彼はどうやら仕事の帰り道らしかった。彼は私を見かけるなり大きく手を振って声をかけ、元気に駆け寄ってきたのだ。
「こんばんはっ! 生憎のお天気だね、こんなところで何してるの?」
「こんばんは。えっと、今から帰ろうと思ってたんですけど……電車、止まっちゃったみたいだからどうしようかな〜と」
激しい雨風に吹かれながらもなんとか辿り着いた駅で聞かされたのは、悪天候のため当面は運転見合わせという最悪のアナウンスだった。
「ふぅん……それは災難だったね。でもここでぼくに会えたのはラッキーだったね! 立ち往生するにしてもぼくと一緒のほうが幸せだからね♪」
「あはは、確かに。でももう遅いですし、近くのネカフェにでも泊まろうかと思ってたんですけど……」
「えっ、だめだめ! こんな状況でぼくを置いて行くなんて許せないね!」
「う〜ん……」
私が苦笑して考え込むと、日和さんはいまいち真意の読めない微笑を浮かべて私の顔を覗き込んだ。思いのほか近い距離にびっくりしてつい固まってしまう。
「ねぇ、ひとりぼっちよりふたりでいたほうがいいと思わない?」
「……は、はい」
「うんうん、そうだよね♪ なら今晩は一緒にいようね!」
「えっ!?」
日和さんは驚く私に構わず、手を取って歩き出した。駅からすぐそばにあるホテル街までいつもの調子で歩き、部屋を取って、今に至る。
改めて思い返してみても、彼が何を考えているのかはわからない。ただ単に、何の思惑もなく言葉どおり、ひとりぼっちで夜を明かすより誰かがそばにいたほうがいいと思っただけなのだろうか。つまり場所に深い意味はなく、それぞれシャワーを終えたら大人しく眠るだけなのだろうか……。それとも、と別の可能性を考えそうになった途端、急に恥ずかしくなってひとりで頭を抱えてしまった。
「どうしたの、寒い?」
「んひゃっ!? あっいえ大丈夫ですっ」
不意に耳もとで声がして大袈裟に肩を跳ねさせてしまう。お風呂から上がった日和さんは備えつけのバスローブを身にまとっていた。それが何とも色っぽくて、直視できずに目を逸らしてしまう。
「そう。じゃあ早く入っておいで、待ってるからね」
「はい……」
ぎくしゃくしつつ立ち上がってシャワールームに向かう。そのとき洗面所で見た自分の顔は、ちょっと恥ずかしいくらい真っ赤だった。
シャワーを浴びながら、どうにかこのぎこちなさを解消できないかと頭のなかを整理する。が、やはり彼の真意なんて想像することしかできないし、頭を整理したところで緊張はちっとも消えてくれなかった。一応、そんなことはないと思うけれど念の為、自分の身体を隅々までチェックして丁寧に洗い上げ、ようやくお風呂を終えた。
ユニセックスなせいでサイズの大きなバスローブを、きっちりと胸もとを閉めて身にまとう。タオルで髪の水分を拭って、一度長い溜め息をついてから両頬を二回ほど軽く叩き、日和さんのいる部屋へ戻った。部屋は私がシャワーを浴びる前より暗めの照明になっていて、日和さんはベッドのふちに腰掛けていた。
「お待たせしました……」
「うんうん、こんなにぼくを待たせるなんていい度胸だね」
「ご、ごめんなさい」
「おいで」
ぽんぽんと隣を手で叩かれ、恐る恐る彼の隣に腰を下ろす。私が彼のほうを向けずに少し俯いたままでいると、彼は私の手をそっと握った。
「怖い?」
「……ちょっとだけ……」
「うんうん、そうだろうね。男の人とこんなところでふたりきりになったら、することなんてひとつしかないもんね?」
「でも、でも……その、日和さんってそういうの、あんまり興味無さそうっていうか……。私なんかとそんなことしたって、」
心臓の鼓動が速くなって頭が真っ白になる。私が何か言いきるより先に、日和さんが私の顎に指を当てて顔を上げさせた。
「あんまり、ぼくの好きな子のこと悪く言わないでほしいね。きみ自身でもそれは許してあげられないからね」
「……っえ」
「はあ。ぼくってそんなに無垢に見えてるの? それとも好きじゃない子をこんなところに連れ込むくらい慣れてるって思われてる? どちらにせよ認識を改めるべきだね」
日和さんはそう言うと、私をぎゅうっと強く抱き締めた。密着した肌から、私と同じくらいの速さで脈打つ心音が伝わってくる。
「……こんなにドキドキしちゃうくらいには、ちゃんときみのこと大好きだからね」
私は胸がいっぱいになるばかりでもう何も言えなかった。その代わり、彼の広い背中に手を回してぎゅうっと抱き締め返してみる。
「ふふっ、照れ屋さんなんだから。ハグしただけでこんなに真っ赤になっちゃって大丈夫?」
「大丈夫じゃない、かも」
「だろうね、でも今さら待ってもやめても聞いてあげないからね?」
日和さんは少し身体を離し、私の肩を押してベッドに寝かせた。熱い手のひらが首もとに触れる。
「ね、きみのこと全部見せてくれる?」
「……ぜ、全部はちょっと、恥ずかしいです」
「あははっ、そうだね。じゃあちょっとずつでも許してあげる……♪」
綺麗な顔が近づいて、ちゅ、とくちびるに柔い感触がする。それだけでまた真っ赤になってしまう私を見て、日和さんは仕方なさそうに笑った。