「……はァ〜……」

隣に座る彼が溜め息をつくのはもう何度目になるだろう。はじめは触れずにいた私も、ついつい気になってしまって浮かない表情の彼の顔を覗き込んだ。

「藍良くん、どうしたの? 幸せ逃げちゃうよ」
「あっ、うう〜……ごめんね」
「ううん。悩みごと?」
「うん……そんな感じかなァ、実はその、……お仕事のことなんだけど」

漢字ふりがな 藍良くんはちょっとだけ躊躇ったあと、素直に悩みを打ち明けてくれた。曰く、次の仕事で歌うことになった新曲が恋愛ソングらしく、そのレッスンのなかで『もっと恋焦がれてドキドキする感じを出してほしい』と言われたのだとか。可愛いポップな恋愛ソングなら何となくわかるけれど、恋焦がれて、というのがいまいちピンとこないらしい。

「恋焦がれる……かぁ、難しいね」
「そうなんだよねェ、なんていうか、好き! 幸せ! みたいなのしかわかんないっていうか……? でもこれは恋っていうより推しへの気持ちと一緒なのかも……」
「藍良くんは恋、したことある?」

川に石を投げ込むように、そんな質問をして彼の反応を見た。彼はほんのり顔を赤くして、うーん、と眉を寄せる。

「したこと、はァ……あるよ、多分……でも幼稚園のころとか? 小中はないかも」
「そっか。だからいまいちピンとこないのかな」
「……逆に、あるの?」
「あるよ」

 私はそう言って微笑み、わざと小指のすみを彼の小指にちょこんと触れさせた。ジッと彼の綺麗な瞳を見据えて、視線から全部伝わっちゃえばいいのに、と心のなかで溜め息をつく。

「そ、それって……どんな感じなの?」
「……ドキドキして、話してるだけで心臓が爆発しちゃいそう。だからすごく苦しいのに、もっとずっと話してたいって思うの」

ふと、彼の反応を窺いつつその白い頬に手を伸ばしてみた。羽で触れるように頬を撫で、手を離す。

「ふふ、睫毛ついてたよ」

 すると藍良くんは耳まで真っ赤になってぎこちなく視線を逸らした。そして頬の紅潮をおさえるように、両手で顔を覆う。

「うん……なんか、わかった気がする……」
「そう? なら良かった。楽しみにしてるね」

ひゅう、と春の風が吹き抜ける。まだ風が冷たいのか、私の顔が熱いのかは判別がつかなかった。