雨の日に
パタパタと窓をうつ雨音でふと集中が途切れ、顔を上げた。
(雨か……)
少しズレた眼鏡を左手で押し上げ、座ったままグッと伸びをする。そとはもう真っ暗で、雨粒のついた窓には自分の姿が鏡のように写り込んでいた。その向こうに、ちらほらとオフィス街やレストラン街の灯りが見える。
そういえば最近、恋人と食事に行くことさえろくにしていなかったような気がする。最後に彼女と向かい合って食事をしたのはいつだっただろう。
「…………しまった、雨か」
恋人のことと今の天気のことがようやく結びつき、すぐにタブレットで今の気圧を確認する。予想通りかなり低くなっている。仕事は適当にまとめて切り上げ、早々に退勤した。
パチャパチャと雨が足もとを濡らすのも気にせず、早足で家路を急ぐ。途中、コンビニに寄って頭痛薬と冷却シート、ゼリーやおかゆなどを適当に買い込んだ。一応彼女に連絡を入れてみたものの返信はないままだった。しかしアパートに着くと、部屋の電気がついているのが見えた。
「……帰りましたよ。生きてます?」
ジメッと濡れた靴下を脱いで洗濯カゴに投げ入れる。寝室を覗くが彼女の姿はない。見れば、彼女はスーツ姿のままリビングのソファで行き倒れていた。電気を消して近づく。
「シワになりますよ」
「…………い、茨? ……幻覚?」
「ハハ、どうでしょうねぇ。薬飲みました?」
「のん……でない」
彼女は俺を見るなり、静かに泣き出してしまった。ビニール袋から薬と水を取り出して彼女に見せると、彼女はのそりと重い体をなんとか起こしてそれを受け取った。細いのどが上下して薬を飲み込むのを見届けてから、ペットボトルを受け取り机に置く。
それから彼女のえりもとに手を伸ばし、スーツのジャケットを脱がせた。彼女はすんすんと鼻をすすりながらも、大人しく手を上げてされるがままになっている。なるべく締めつけのないよう、スカートとブラウスを脱がせたところで彼女がくすっと笑った。
「えっち」
「していいんですか?」
「やだ」
「でしょうね。俺も疲れてますからしません」
ハグをするように背中に手を回し、ブラジャーのホックを外す。彼女はそっと俺の背中に腕を回してハグをねだった。五秒ほど迷ってから、まぁいいか、と観念して三秒くらい抱き締めてやった。
「茨」
「なんです」
「茨の服貸してよ、それ着て寝たい。私の服貸してあげるから」
「貸すのは構いませんがあんたのはいりません、普通に……破けますよ」
洋服棚から自分の適当な服を持ってきて彼女を包んでやる。彼女はぶかぶかの袖や首もと、そしていつもより少し長いシャツの丈を見たあと、わざわざ服の匂いを嗅いで満足そうに笑った。犬か、と内心鼻で笑いつつ、ぐしゃぐしゃと彼女の頭を撫でる。柔らかい髪は簡単に崩れて絡まった。真っ暗な部屋のなか、彼女の輪郭だけが確かにそこにある。
「ありがと」
「いえいえ、このくらいなんでもありませんよ」
「……でも仕事早めに終わらせてくれたんでしょ?」
「いや? たまたま早く終わっただけです。運が良かったですね」
恩着せがましくそうだとは言えず、咄嗟に誤魔化してしまった。彼女はそれを知ってか知らずか、くすくす笑って俺のほうへ手を伸ばした。
「じゃ、ベッドまで連れてってください、運がいいからきっと優しい恋人が運んでくれるよね?」
「良いですけどひとつ貸しですよ」
「元気になったら身体で払ってあげる」
「はいはい」
膝裏と肩に手を回し、前より幾分か軽くなった身体を抱き上げる。ベッドに寝かせてやると、彼女は俺の頬を撫で、すぐに眠りに落ちてしまった。一分くらいその寝顔を見つめたあと、眼鏡を外して一瞬だけキスをし、寝室を出た。
(雨か……)
少しズレた眼鏡を左手で押し上げ、座ったままグッと伸びをする。そとはもう真っ暗で、雨粒のついた窓には自分の姿が鏡のように写り込んでいた。その向こうに、ちらほらとオフィス街やレストラン街の灯りが見える。
そういえば最近、恋人と食事に行くことさえろくにしていなかったような気がする。最後に彼女と向かい合って食事をしたのはいつだっただろう。
「…………しまった、雨か」
恋人のことと今の天気のことがようやく結びつき、すぐにタブレットで今の気圧を確認する。予想通りかなり低くなっている。仕事は適当にまとめて切り上げ、早々に退勤した。
パチャパチャと雨が足もとを濡らすのも気にせず、早足で家路を急ぐ。途中、コンビニに寄って頭痛薬と冷却シート、ゼリーやおかゆなどを適当に買い込んだ。一応彼女に連絡を入れてみたものの返信はないままだった。しかしアパートに着くと、部屋の電気がついているのが見えた。
「……帰りましたよ。生きてます?」
ジメッと濡れた靴下を脱いで洗濯カゴに投げ入れる。寝室を覗くが彼女の姿はない。見れば、彼女はスーツ姿のままリビングのソファで行き倒れていた。電気を消して近づく。
「シワになりますよ」
「…………い、茨? ……幻覚?」
「ハハ、どうでしょうねぇ。薬飲みました?」
「のん……でない」
彼女は俺を見るなり、静かに泣き出してしまった。ビニール袋から薬と水を取り出して彼女に見せると、彼女はのそりと重い体をなんとか起こしてそれを受け取った。細いのどが上下して薬を飲み込むのを見届けてから、ペットボトルを受け取り机に置く。
それから彼女のえりもとに手を伸ばし、スーツのジャケットを脱がせた。彼女はすんすんと鼻をすすりながらも、大人しく手を上げてされるがままになっている。なるべく締めつけのないよう、スカートとブラウスを脱がせたところで彼女がくすっと笑った。
「えっち」
「していいんですか?」
「やだ」
「でしょうね。俺も疲れてますからしません」
ハグをするように背中に手を回し、ブラジャーのホックを外す。彼女はそっと俺の背中に腕を回してハグをねだった。五秒ほど迷ってから、まぁいいか、と観念して三秒くらい抱き締めてやった。
「茨」
「なんです」
「茨の服貸してよ、それ着て寝たい。私の服貸してあげるから」
「貸すのは構いませんがあんたのはいりません、普通に……破けますよ」
洋服棚から自分の適当な服を持ってきて彼女を包んでやる。彼女はぶかぶかの袖や首もと、そしていつもより少し長いシャツの丈を見たあと、わざわざ服の匂いを嗅いで満足そうに笑った。犬か、と内心鼻で笑いつつ、ぐしゃぐしゃと彼女の頭を撫でる。柔らかい髪は簡単に崩れて絡まった。真っ暗な部屋のなか、彼女の輪郭だけが確かにそこにある。
「ありがと」
「いえいえ、このくらいなんでもありませんよ」
「……でも仕事早めに終わらせてくれたんでしょ?」
「いや? たまたま早く終わっただけです。運が良かったですね」
恩着せがましくそうだとは言えず、咄嗟に誤魔化してしまった。彼女はそれを知ってか知らずか、くすくす笑って俺のほうへ手を伸ばした。
「じゃ、ベッドまで連れてってください、運がいいからきっと優しい恋人が運んでくれるよね?」
「良いですけどひとつ貸しですよ」
「元気になったら身体で払ってあげる」
「はいはい」
膝裏と肩に手を回し、前より幾分か軽くなった身体を抱き上げる。ベッドに寝かせてやると、彼女は俺の頬を撫で、すぐに眠りに落ちてしまった。一分くらいその寝顔を見つめたあと、眼鏡を外して一瞬だけキスをし、寝室を出た。