夕暮れ、恋人と遊歩道をのんびり歩いていると、ぷきゅ、ぷきゅとあどけない音を鳴らしながら歩く幼児が目に入った。微笑ましく思うのと同時に(歩くのってやっぱりむずかしいよね)と心のなかで呟く。

左手は隣を歩く彼の右手と繋いだまま、私はなんとか普通に歩こうとこっそり気を張っていた。彼は相変わらず背すじをピンと伸ばし、一歩一歩を美しく歩んでいる。一方で私は、先ほどから足の小指やかかとが痛むのをなんとかこらえてぎこちなく歩いていた。

「……何見てんの、子供?」
「えぁ、うん……あの音の出る靴、可愛いなぁって」

ふと彼がこちらに顔を近づけて私の視線を追う。彼は子供の姿を捉えると、意外にも柔らかく微笑んだ。

「そうだね、ゆうくんがああいうの履いてた時期も見てみたい」
「あはは……でも可愛いだろうね。遊木くんもそうだけど、泉くんの幼少期も」

 痛みで少しぎこちなくなった笑顔を、彼は見逃してくれなかった。立ち止まり、私を足もとから頭のてっぺんまでじろりと観察する。

「なまえ……足、痛いの? 真っ赤だけど」
「あ、えっ、と」

そんなことないよ、と言おうとして、やっぱり迷ってしまう。本当はもう歩きたくないくらい痛かった。けれどそんなことを言って彼を困らせるのも嫌だった。無論、答えに詰まった私の沈黙は肯定として彼に伝わり、彼は呆れたように長くため息をついた。

「ったく、も〜……痛いんならさっさと言いなよねぇ?」
「ごめんなさい」
「謝んなくていいから、ほら。ちゃんと掴まって」

 彼はぶっきらぼうにそう言って私に自分の腕を掴ませた。彼に寄りかかるようにしながらひょこひょこと不恰好に歩く。彼はすぐ近くにあった歩道脇のベンチに私を座らせると、正面に跪いて慎重な手つきで私の靴を脱がせた。銀色のくせっ毛に夕陽が反射してきらきら光っている。それがあんまり綺麗だからつい見とれてしまった。

「……ねぇ、ちょっと聞いてる?」
「あ、ごめん、ぼーっとしてた」
「コンビニで絆創膏買ってくるから、ここで大人しくしとけって言ってんの。二回も言わせないでくれる?」
「はぁい」

彼は立ち上がると、私に鞄を持たせ、財布だけ持って近くのコンビニへと駆けて行ってしまった。別に焦らなくても……とは思ったけれど、揺れる髪はやっぱり綺麗で、もう何にも言葉に出来なかった。

 しばらくしてからまた小走りで戻ってくると、彼は消毒液や絆創膏を袋から出してテキパキと私の足のくつずれを処置してくれた。

「あぁもう、こんなに酷くなる前に言えっての……」
「ふふ、ごめんね、ありがと」
「なぁに笑ってんの、こっちは怒ってるんだけど?」
「うん、でもなんか、シンデレラの王子さまみたいだなって」

私がそんな能天気なことを口にすると、彼は呆れているのか嫌がっているのか照れているのか、いまいちよくわからない顰め面で私を見上げた。

「……ならあんたは俺のお姫さまだってこと?」
「えぇ? ふふ、そうなっちゃうかなぁ」
「なにそれ。俺のお姫さまなら、ちゃんと痛いときは俺に言いなよ。あと無理して慣れてないヒールの靴なんか履かなくても良いから。だっさい靴はやめてほしいけど……まぁそれでもあんたが怪我するよりはよっぽどマシ」

 珍しくそんな優しい言葉をかけてくれた彼は、最後に私のかかとのほうへ絆創膏を貼って、そのスカイブルーの瞳に私を映した。なんて返せばいいのかわからなくて黙り込んでしまった私を、彼はちょっとバカにするように笑う。

「アホ面」
「し、してないよ」
「してたよ、バカみたいな顔」
「泉くんが素直だからびっくりしただけ」
「はあ? バカにしてんの?」

彼はくすくす笑いながら、また丁寧に靴を履かせてくれた。そして私の隣に腰を下ろし、ちゃんと私にデコピンをしてから、私の手を包み込むようにぎゅっと握る。

「もうちょっとしたら、タクシーでも呼んで今日は帰ろっか」
「帰っちゃうの?」
「なに、嫌なの?」
「うん」

 素直に頷いた私を見て、彼は満足そうな顔をした。たまに、ふとしたときにしか見せてくれないけれど、彼のこういう愛おしそうな表情が私は何より好きだった。

「ふぅん? じゃあどうしたいか言いなよ」
「……足、すごく痛いから、帰らないでずっと一緒にいてほしいです」
「あはは、良い子良い子。ちゃんと言えたご褒美に叶えてあげる」
「やった」

重なった手のひらから優しい体温が伝わってくる。夕暮れの街には、公園で遊ぶ子供たちの声や、散歩するわんちゃんの姿や、覚束無い足取りの幼児の靴音やらが木霊している。それでも涼やかな風が彼の髪を撫でる音しか、今の私には聞こえてこなかった。