※カニバリズム(食人)、流血、暴力表現注意
※ニキに殺されてます








彼女については、変な人、というような印象だった気がする。ESの食堂によく来て、僕によく声をかけてくる人。それから、なんだかいつも甘くて美味しそうな匂いがする人。たまに、全然知らない煙草の匂いがする人。

目の前の肉片については、今、記憶を手繰っているところだ。ああ確か、昨晩、お腹が空いたまま動けなくなって、ちょうど彼女に話しかけられたんだ。それで、僕の家に連れ込んで、そのあと……。

真っ白なシーツのうえで、真っ赤に腹を割かれた少女が眠っている。僕のお腹はこれまでにないほど満たされていて、包丁を持った手は少しだけ震えている。包丁の銀色は赤黒く染まり、固まっていた。

彼女の、何かを期待するような熱い視線が頭から離れない。理性を無くした僕を目の前にして、彼女は幸せそうに、まるでセックスでもしているみたいに喘いで、そうして死んでしまったのだ。彼女の甘い声も、匂いも、温度も、何もかもが鮮烈に僕の体に刻み込まれている。

どうしよう、と現実を直視すればするほど、汗が滲んで身体が震えてくる。もう、彼女は元には戻ってくれない。

「……うぁあ……」

言葉にならない声が喉をみっともなく揺らす。血の滴る床に膝をついて、包丁を落として、頭を抱えた。

長い黒髪が白いシーツに散らばるさまが、皮肉にもこれまで見たなにより綺麗で、彼女の今にも動き出しそうな安らかな寝顔から目を離せなくなる。

きっと本当は、食べてしまうより前に、彼女のことが知りたかったのだ。

どうしてそんなに甘い香りがするのか、どうしてあんな熱っぽい瞳で僕を見つめたのか、最期、どうして幸せそうに笑ったのか──彼女の名前は、なんと言うのか。

これが罪に問われるとか、アイドルはどうするのかとか、そんな世間体よりずっと、彼女のことが気になった。

けれど鉄臭いこの部屋では、ただ、彼女の味以外最早何もわからないということだけが確かだ。