タルトの優しい脆さが好きだった。フォークを突き立てればほろほろとくずれてしまう生地の素朴な、飾り立てない甘さが好きだ。

そういう土台の上に愛らしいクリームや宝石のようなツヤツヤのいちごなんかが乗っていたりすると、まるでさまざまな楽器が集ってオーケストラになるかのようにひとつの魅力的なスイーツとして完成する。

 だから一概に「いちごのタルト」と名前をつけたって、そのハーモニーはそれぞれ異なる。

いちごは甘いのか酸っぱいのか、クリームは固いのか軽いのか、そもそもタルトとクリームといちごの比率はどうなっているのか、あとほかの要素が混ざっているのかどうか……などなど。作った人や店によってそれらはかなり変わってくるのだ。

「だからこれは使命だと思うの。いちごタルトの黄金比を、私はいちファンとして知っておかなきゃ」

 私が長々とそう説明すると、テーブルの向かいに腰掛けたジュンくんは小首を傾げて苦笑した。

「いや、まぁ好きにしたら良いと思いますけど……それにしてもこの量はちょっと、流石に太りますよぉ?」
「そんなの食べ比べをして最高のいちごタルトを知ることに比べたら些細なことでしょ!?」

私たちの間にあるテーブルのうえでは、私が今日買い集めた計七つのいちごタルトがジッと食べられるのを待っている。ジュンくんと私はお互い自分のすぐ前に平皿とフォーク、紅茶を用意して、今からいよいよいちごタルトの食べ比べをしようとしているところだった。

「それに、ジュンくんと半分こだからまだマシだもん……」
「七つもあったら半分ずつ食っても三個ちょいっすけどね」
「ジュンくん」
「はい?」

ジュンくんはさりげなく、当然のようにいちごタルトを半分に割ってそれぞれのお皿に取り分けた。私はその半分に割られたいちごタルトを見つめたまま、力強く言葉を吐き出した。

「食事中は幸福でなくちゃいけないの。カロリーなんて知らないし、食べてる最中はいちごタルトだけに集中して。それがいちごタルトへの礼儀だよ」
「はあ」

私がジュンくんの瞳を真っ直ぐ見つめると、ジュンくんは少したじろぎつつ曖昧な返事をした。

「よし、じゃあ一品目ね。これはよく行くケーキ屋さんのいちごタルトなの。三百円ちょいくらいだったかな。……じゃ、いただきます」
「っす。いただきます」

 手を合わせてから、フォークを手に取る。何度か食べたことのある一品だった。甘すぎない上品なクリームと、甘酸っぱさがちょうどいいいちご。かなりお気に入りのケーキ屋だから、やはりいつもと変わらない高いクオリティを提供してくれる。

「美味いっすねぇ」
「うん、ここのは生クリームがしつこくなくて好きだな。何個でも食べれちゃいそう」
「隣のこれはどこのっすか?」
「えっ……あぁ、うん、これはね」

私が二三口食べて噛み締めている途中だというのに、ジュンくんのお皿はもう空っぽになっていた。二口くらいで食べちゃったんじゃないかと思うほどスピーディーだが、食べる速さは人それぞれなので別に構わない。

 二つ目のタルトの説明をし、三つ目、四つ目と順々に食べていく。時折紅茶を挟んでいてもやっぱりこう甘いものばかり食べているとお腹もふくれてくるし、口のなかも甘く胃ももたれてきてしまう。私が三つ目のタルトを食べ始めたころ、ジュンくんは四つ目のタルトを食べ終えた。

「うん、これも美味いっすねぇ」
「……ジュンくん、さっきから美味いっすねしか言ってない……」
「へっ、あ、そうっすか? いや、でも全部美味いんでつい……ちゃんと味わってますよぉ?」

疑いの目を向けると、ジュンくんはちょっと申し訳なさそうに笑った。確かに全部美味しいし、彼も彼なりに味わってくれているのだろう。私がひと息ついてからようやく四つ目のタルトに手をつけると、彼が不意に私を呼んだ。手を止めて、目の前の彼を見る。

「あの〜……もしかして腹いっぱいになってません?」
「な……なってないし! 余裕だけど?」
「だんだん顔が曇ってきてますけど……そんな状態で食ってもちゃんと点数つけられないんじゃないっすか? 腹いっぱいで苦しみながら食うのもいちごタルトに失礼っすよ」
「うぐ……」

 とんでもない正論をぶちかまされ、無理やり詰め込もうとしていたタルトのひとかけをお皿に戻す。正直かなり苦しくはなっていたので、まさにぐうの音も出なかった。

「冷蔵庫入れて、明日とかにまた一緒に食いましょうよ。それじゃダメっすか?」
「……そうする」

私が泣く泣く頷くと、ジュンくんは立ち上がってタルトを片付け始めた。残念さと不甲斐なさを隠しきれない私を見て、彼は苦笑し私の頭を撫でる。

「明日もアンタと一緒に美味いいちごタルトが食えるの、オレは嬉しいし楽しみっすよ」

 彼の手は男の子らしく熱くて優しかった。そういう素朴で飾り立てない彼の優しさが、やっぱり私は何より一番好きだった。それにかんしてはもう、何かと比べてみる必要なんてないだろう。