トン、トン、トン、トン、とぎこちなくゆっくりと野菜を切る音が響く。何度も手もとのレシピを見てはぶつぶつと独り言を呟きながら、私は慣れない料理に挑戦していた。

普段は料理好きなニキくんが手際よくちゃちゃっと用意してくれるから任せてしまいがちなのだけれど、今日は同棲を始めて半年の記念日だから、どうにか彼に喜んでもらうべく夕食の準備をしているのだった。けれどこれが中々難しく、普段簡単そうにこなしている彼のようにはいかないのが現実だった。

「えぇ……と、これでいいのかな? よし……」

 玉ねぎを切ったあと、レンジで温めていた一口大のじゃがいもを取り出し、油をひいたフライパンに入れて塩こしょうで味つけをする。塩こしょうの適量がちっともわからなくて不安になったけれど、多分きっとどうにかなるだろうとあまり深く考えないことにした。全面に焼き色がついたら取り出して、一度お皿へ取り出す。

「えっと……次は、オリーブオイルとにんにく……のあと、お肉と玉ねぎを……?」

レシピを確認し、フライパンにオリーブオイルとみじん切りにしたにんにくを入れる。いい匂いがしてきたところで、ガチャッとドアを開ける音がした。

「ただいまーっす! なんかいい匂いっすね!」
「あっえ!? お、おかえり〜……」

 思いのほか早く帰宅した彼は、パンパンになった買い物袋を抱えてキッチンにやって来た。そして私を見ると、目をきらきら輝かせて抱きついてきたのだった。

「なまえちゃん、なに作ってるんすか!? おっじゃがいも。いっただっきま〜す♪」
「あっちょっと!」

ニキくんはひょいとじゃがいもをひとつだけつまんでパクリと食べてしまった。本当は彼が帰ってくるより前に終わらせてしまいたかったのだが、帰ってきてしまったものはもうどうしようもない。手際の悪さや間違いも、本当は見られたくなかったけれど仕方がない。

「んん、美味しいっすね! んで今から何するんすか? 良かったら僕も手伝うっすよ〜」
「だめ! 今日は私がニキくんに作りたいの、もしかしたら失敗しちゃうかもしれないけど……頑張るから、向こうで待っててくれない?」

 私が正直にそうお願いしたところ、彼はニッコリと満面の笑みを浮かべて頷いた。

「了解っす! じゃあ楽しみに待ってますね〜、何か困ったことがあったら呼んでくださいっす!」
「うん……ありがと」

 ニキくんは食材を冷蔵庫に詰めると、軽やかな足取りでリビングへ向かった。私はホッと息をつき、改めて気合いを入れ直して料理の続きへ取り組む。

まずはお肉と玉ねぎを焼き、それからじゃがいもをフライパンに戻し、最後にブロードを入れて水が無くなるまでぐつぐつ沸騰させた。煮汁がなくなってきたらところですりおろしておいたレモンの皮を加え、塩こしょうで味を整えたら完成だ。

 恐る恐る味見をすると、案外悪くないような気もするし、少し味が薄いような気もした。とにかくお皿に盛り付け、お腹を空かして待っている彼のもとへ届ける。

「お待たせ〜……」
「おぉっ、肉じゃがっすか!? あれ、でもレモンの匂いもするっすね……あっ、グルーストゥルっすか?」
「そう、なんか肉じゃがは失敗しそうだったから、これならいけるかな〜って……でも美味しくなかったらごめんね」

ご飯とお箸、スープを用意して、彼の向かいに腰掛ける。ニキくんは嬉しそうに笑って手を合わせた。

「大丈夫っすよ、作ってくれたってだけでもう美味しいんで! じゃ、いただきます!」
「ふふ、なにそれ」

 ニキくんは元気よく躊躇いなく、料理に箸先をつける。私はドキドキしながら、お箸を持ったまま彼の反応を窺った。彼は口いっぱいにおかずを詰め込むとあっという間に飲み込んで幸せそうに笑った。

「うん、ちゃんと美味しいっすよ! いや〜自分で作るのも好きっすけど、好きな人に作ってもらうのも良いっすね」
「え、へへ……」

好きな人、と言われたのが今さらながらむず痒く、嬉しくてつい笑ってしまう。ようやく食べた自分の手料理は、いつも彼が作ってくれる料理に比べたら全然美味しくない。味も薄いし野菜も大きさがまちまちだし、手際が悪くてちょっと冷めちゃっている。それでも彼の「美味しい」が嬉しかったから、もっともっと練習しようと思えたのだった。

 ──夕飯を終えると、彼はキッチンに立ち、ちょっとしたおつまみやデザートを作り始めた。私は邪魔にならないところから料理をする彼を眺めていた。なんだかんだ言って、彼の料理姿が私はすごく好きだ。その手際の良さには目を見張るものがある。自分のぎこちなさを体感した当日だから余計にそれが身に染みてわかった。ニキくんと他愛もない会話を交わしながら、いつも通りの幸せを噛み締める。

 部屋にはトントンと軽快な包丁の音が響いていた。