⚠︎ほんのりズ!時空です。===以降視点が変わります。


 誰もいない軽音楽部の部室の鍵をそっと回す。音を立てないよう中に入り、後ろ手にドアを閉めて鍵をかけた。薄暗い部屋の中には楽器たちがしんと静かに眠っている。その調和のうちにある大きな違和感が、まさに私の目的だった。部室に置かれた大きな黒い棺桶こそが。

 初めて悪いことをする子どものように微かな高揚と緊張に震えながら私は棺桶の前に膝をついた。重々しい蓋に手をかけ、恐る恐る中を覗き込む。

「…………」

中には誰もいなかった。そして開けた途端、ふわりと嗅ぎなれた彼の匂いが広がった。私はホッと胸を撫で下ろし、靴を脱いで中に入る。仰向けに寝そべって蓋を閉めるとそこは完全な暗闇になった。

 胸の少し下、胃がある辺りで手を組んで目を瞑る。そうしているとなんだか『死体ごっこ』でもしているような気分になって、たまらなくおかしくなった。それなのに心に空虚が滲んでくる。しかしそういう矛盾した気持ちも、彼の香りに包まれているとすべてが穏やかに丸く軽くなっていくような気がした。目を閉じていると段々意識がとろけてきて、気がつけば私は人のねぐらでぐっすり眠ってしまっていた。


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「おや……」

夜も更けたころ、真っ暗な部室に足を踏み入れるといつもはそこにないはずのものがあった。それは自分の棺桶の前にちょこんと置かれた小さなうわ靴であり、また、嗅ぎ覚えのある甘く優しい匂いでもあった。気配を殺して棺桶に近づき、そっと蓋を押し開ける。するとそこにはあどけない顔で眠っている愛しい恋人の姿があった。死人というには血の通った健康な顔色で彼女は心地良さげに熟睡している。

 棺桶を好きに使って良いと彼女に伝えたのは数週間前のことだった。てっきり「そんなの使いませんよ」と一蹴されるかと思っていたのだが、彼女は意外にも顔をほんのり赤く染めて「ありがとうございます」と小さく微笑んだ。まるで用意していた寝床を飼い猫が気に入ってくれたような、そういう一種の達成感と愛おしさが込み上げる。

「ん……」

もぞ、と彼女が身を捩らせたのを見て、くすりと笑みがこぼれる。せっかくなので靴を脱ぎ、彼女を抱え込むようにして自分も棺桶に入った。起きてしまうかとも思ったが、かなり深く眠っているらしく、彼女が目を覚ますことはなかった。

 腕のなかにある温もりは子どものように温かく、少し力を入れれば簡単に壊れてしまいそうなほど柔い。触れたところから伝わる規則的な心音に耳を傾けていると、不思議と心が落ち着いた。このまま、彼女だけしか知覚できない暗闇のまま、地中奥深くに埋められてしまってもかまわないとさえ思った。