何をしたら喜んでくれるだろう、どうしたら笑ってくれるだろう、と考えるのがいつの間にかくせになっていた。ただ傍にいるだけでも十分幸せだけど、でもどうせなら何度でも、俺の隣にいて良かったと感じてほしい。今日のデートもそういう欲張りの一環だった。

「来週の土曜日、お洒落して来てよ。夕方六時くらいにいつもの場所で」

 俺がなまえを誘ったのが先週の金曜日。お互い仕事が少し早めに終わったから、ご飯だけでもとふたりで一緒に過ごしていたときのことだ。なまえは少し不思議そうな顔をしつつも、わかった、と素直に頷いてくれた。不思議に思うのも無理はないと思う。わざわざお洒落して来てなんて滅多に言わないし、何か記念日が近いわけでもなかったから。

 なまえは約束通り、いつもに増して綺麗な格好で待ち合わせ場所へやって来た。つやつやの爪、甘い香りのする髪、丁寧に施されたナチュラルメイクにお気に入りらしいワンピース。どこを見ても可愛くて愛おしい。その手を取って恋人繋ぎにすると、なまえはちらりと俺を見上げてからクスッと微笑んだ。

「凛月、いつもよりかっこいいからちょっと緊張しちゃうかも」
「え〜、お互いさまでしょ」
「そうなの?」
「そうそう」

細い指が寄り添うように俺の手を握り返す。歩幅を合わせて歩き出し、予約しておいたレストランへ向かった。

「今日はどこに行くの?」
「ご飯食べるとこ」
「漠然としてるなぁ」
「まぁまぁ、着いてからのお楽しみってことで。……今日は俺がちゃんとエスコートしてあげるから、信じて着いてきてよ。お姫さま」

隣を歩く彼女を見つめると、なまえは恥ずかしそうに視線を逸らし、空いた手で前髪をいじりながら頷いた。横髪からのぞく小ぶりな耳は真っ赤になっている。

 レストランは夜景がよく見えるカップル向けのソファーシートを予約していた。店に入り並んでソファーに腰掛けると、なまえは目を輝かせて夜景を見た。

「すごい、綺麗だね」
「うん。夜景が綺麗なとこって聞いたから、一緒に見たくて」

なまえは夜景から俺の方へ視線を移し、嬉しそうに笑ってくれた。ソファーのうえで手を重ね合ったまま、メニューを開いてふたりで覗き込む。

 メニューを見るなまえの横顔を見つめていると何だか胸がむず痒くなって、誰からも見えないからとその髪にキスをしてしまう。なまえは少し驚いたように顔を上げると、仕方なさそうに──というよりは幸せそうに──笑ってくちびるにキスをし返してくれた。

「……もしかして今日死んじゃうのかな」

なまえが突然そんなことをぽつりと呟いたから、その頬に触れて瞳を覗き込んだ。

「なに、急に?」
「ううん、幸せすぎてどうにかなっちゃいそうだから」
「そんなに幸せなんだ?」
「うん。死んじゃいそう」

はにかみ笑うその表情があんまり可愛くて、つい俺まで笑ってしまう。でもこの調子じゃいつまで経っても食事どころか注文もできないから、額にキスだけして頬から手を離した。メニューに視線を戻して、少し悩んだすえにそれぞれ注文を決めた。

 ──料理もお酒も、期待以上に美味しかった。ふたり並んで色々な話をしながら十分に料理を堪能したし、目の前に広がる夜景も綺麗で雰囲気も良かった。何よりなまえがことあるごとに「嬉しい」とか「幸せ」と言ってくれたのが、俺にとっては何より光栄だった。

「……ねぇ、今幸せ?」

席を立つ前に俺がそう訊ねると、なまえは満面の笑みで「もちろん」と元気よく頷いた。その細い腕を掴んだまま、キスをして至近距離で目を合わせる。

「じゃあもうちょっと延長しない? ……俺は正直、このまま帰したくないんだけど」
「……私ももう、帰りたくない……かも」
「うん、じゃあ決まり♪」

 席を立ち、また手を恋人繋ぎにして店を出る。さっきまで上から眺めていた街灯のなかへ溶け込んで、明るい夜のなかに紛れ込んでいく。ふと横顔を盗み見ると、なまえはやっぱり嬉しそうに頬をゆるませていた。

 俺が思うのと同じくらい何度も何度も「傍にいて良かった」となまえが思ってくれていたら、それ以上幸せなことなんてない。本当に同じ気持ちかどうかを確かめるすべはないのかもしれないけれど、個人的には、なまえの柔らかな笑顔を見るだけで十分確信できると思うのだ。