My Kitten
ESビルのある地区から少し外れたとある町に、かなり広めの公園がある。彼女とめでたく恋人になってからは、デートと言えば彼女の家かその公園かが八割を占めるようになっていた。
というのもその公園は先に言ったとおりかなり広いうえ、市が手入れをしているので季節ごとの植物が見ることができるわりに人が疎らだからだ。今日も仕事の予定が昼までだったので、彼女と公園で散歩でもしようと約束していた。
が、少しトラブルがあったせいで、俺が公園の待ち合わせ場所に着いたのは約束より三十分も後のことだった。連絡もできずにいたのでもしかすると帰っているかも……と思いつつ駆けつけると、いつものベンチに彼女が座っている。声をかけようとするが咄嗟に口を抑えて近くの木の陰に隠れた。
「そっかぁ、うんうん、大丈夫だよ〜。零は私が飼ってあげるからね」
彼女がひとりで猫を膝に抱えたまま何か面白いことをしている。そうっとバレないように近づいて耳をそばだててみた。
「零は猫ちゃんになっても美人さんだね〜、猫だから美猫さんか」
「ナゥ」
「うんうん、零ちゃんは美人なだけじゃないよね。賢いもんね〜、よしよし♪」
彼女の奇妙な独り言を聞いているかぎり、どうやら──そういう遊びなのかどうかはわからないが──彼女の膝の上に乗っている黒猫を俺だと勘違いしているらしい。何をどうしたらそんなことになるのか見当もつかないが、必死に笑いを堪えながら木陰から彼女を観察していた。
「……ん? どうしたの、ちゅうしてほしいの?」
ふと、黒猫があろうことか彼女の胸に前足をかけて身体を縦にし、彼女の顔周りに鼻先を近づけた。すると彼女もくすくす笑いながら猫の身体を支えて軽くキスをしようとする。と、そこで木陰から飛び出し、後ろから黒猫を抱き上げた。
「浮気かえ?」
「れ……零」
「うむ。正真正銘本物の零ちゃんじゃよ〜、ほれ、ちゅうしておくれ」
「も〜遅い、ばか、可愛いほうの零ちゃん返してよ」
彼女が顔を真っ赤にして照れ隠しにそんなことを言うので、その隣に腰を下ろし、猫は膝に乗せたまま彼女にキスをした。
「我輩が可愛いほうの零ちゃんじゃよ♡」
「死んでほしい」
「なんでじゃ! というかおぬしいっつもひとりであんなことしておるのかや? 流石に変人と思われるぞい」
「ぐ……零にだけは言われたくない……」
彼女が悔しそうな恥ずかしそうな顔をするのがあんまり可愛くて、つい両手でわしゃわしゃと頭を撫でてしまう。すると膝に乗せていた猫が突然俺を威嚇してきた。
「フーッ!」
「なんじゃこいつ喧嘩売っておるのか」
「ね、猫にキレないでよ……おいで、ほら、怖くないよ〜」
俺が触ろうとすると爪も牙も出して威嚇してくるくせに、彼女の手にはまさに猫撫で声で擦り寄って大人しく抱き抱えられる。たかが猫と思っていたが彼女が優しく撫でてやっているのを見ていると対抗心が芽生えてきた。
「……しくしく、どうせ我輩よりそんなどこの馬の骨ともわからぬ奴のほうが大事なんじゃろ! え〜ん、零ちゃん悲しいのじゃ」
精一杯可愛こぶって上目遣いで彼女を見つめてみると、彼女は長い溜め息のあとに猫を膝から下ろした。そして手をこちらへ伸ばしたので撫でてくれるのかと目を瞑ったところ、鼻先を指で摘まれてしまった。
「痛! なに!?」
「それより私に何か言うことがあるでしょ」
「え……愛してるぞい」
「違う、次鳩尾いくからね」
ぐ……と彼女が拳を握り締める。以前同じ脅しをされたときにふざけつづけたら普通に鳩尾に一発いただいてしまったので、今回はふざけるわけにもいかない。幸い、少し考え直すとすぐに答えは見つかった。
「ま、待たせてしまって申し訳ない。連絡もできずに……」
「よろしい」
彼女はふんと短く息を吐いて腕を下ろす。猫を俺に見立てているようすがあんまり可愛くて忘れていたが、彼女は三十分も連絡のつかない俺を大人しく待っていてくれたのだ。
「……本当にすまんかった、その」
「も〜良いってば。でも零じゃなかったらこんなに待たないし、連絡つかなかったら帰るし、猫ちゃんだって零に似てたから……ああもう、ほら行こ。喉乾いちゃった」
ぶつぶつと言い訳をするように並べられたそれは、どれも遠回しな愛の言葉だった。誤魔化すように立ち上がった彼女の手を取って腰を上げ、ぎゅうっと彼女を抱き締める。
「うむ、我輩もだ〜いすきじゃよ♪」
「……ばか」
足もとの猫はなんだか面白くなさそうな顔をして、さっさと草むらへ帰っていってしまった。
というのもその公園は先に言ったとおりかなり広いうえ、市が手入れをしているので季節ごとの植物が見ることができるわりに人が疎らだからだ。今日も仕事の予定が昼までだったので、彼女と公園で散歩でもしようと約束していた。
が、少しトラブルがあったせいで、俺が公園の待ち合わせ場所に着いたのは約束より三十分も後のことだった。連絡もできずにいたのでもしかすると帰っているかも……と思いつつ駆けつけると、いつものベンチに彼女が座っている。声をかけようとするが咄嗟に口を抑えて近くの木の陰に隠れた。
「そっかぁ、うんうん、大丈夫だよ〜。零は私が飼ってあげるからね」
彼女がひとりで猫を膝に抱えたまま何か面白いことをしている。そうっとバレないように近づいて耳をそばだててみた。
「零は猫ちゃんになっても美人さんだね〜、猫だから美猫さんか」
「ナゥ」
「うんうん、零ちゃんは美人なだけじゃないよね。賢いもんね〜、よしよし♪」
彼女の奇妙な独り言を聞いているかぎり、どうやら──そういう遊びなのかどうかはわからないが──彼女の膝の上に乗っている黒猫を俺だと勘違いしているらしい。何をどうしたらそんなことになるのか見当もつかないが、必死に笑いを堪えながら木陰から彼女を観察していた。
「……ん? どうしたの、ちゅうしてほしいの?」
ふと、黒猫があろうことか彼女の胸に前足をかけて身体を縦にし、彼女の顔周りに鼻先を近づけた。すると彼女もくすくす笑いながら猫の身体を支えて軽くキスをしようとする。と、そこで木陰から飛び出し、後ろから黒猫を抱き上げた。
「浮気かえ?」
「れ……零」
「うむ。正真正銘本物の零ちゃんじゃよ〜、ほれ、ちゅうしておくれ」
「も〜遅い、ばか、可愛いほうの零ちゃん返してよ」
彼女が顔を真っ赤にして照れ隠しにそんなことを言うので、その隣に腰を下ろし、猫は膝に乗せたまま彼女にキスをした。
「我輩が可愛いほうの零ちゃんじゃよ♡」
「死んでほしい」
「なんでじゃ! というかおぬしいっつもひとりであんなことしておるのかや? 流石に変人と思われるぞい」
「ぐ……零にだけは言われたくない……」
彼女が悔しそうな恥ずかしそうな顔をするのがあんまり可愛くて、つい両手でわしゃわしゃと頭を撫でてしまう。すると膝に乗せていた猫が突然俺を威嚇してきた。
「フーッ!」
「なんじゃこいつ喧嘩売っておるのか」
「ね、猫にキレないでよ……おいで、ほら、怖くないよ〜」
俺が触ろうとすると爪も牙も出して威嚇してくるくせに、彼女の手にはまさに猫撫で声で擦り寄って大人しく抱き抱えられる。たかが猫と思っていたが彼女が優しく撫でてやっているのを見ていると対抗心が芽生えてきた。
「……しくしく、どうせ我輩よりそんなどこの馬の骨ともわからぬ奴のほうが大事なんじゃろ! え〜ん、零ちゃん悲しいのじゃ」
精一杯可愛こぶって上目遣いで彼女を見つめてみると、彼女は長い溜め息のあとに猫を膝から下ろした。そして手をこちらへ伸ばしたので撫でてくれるのかと目を瞑ったところ、鼻先を指で摘まれてしまった。
「痛! なに!?」
「それより私に何か言うことがあるでしょ」
「え……愛してるぞい」
「違う、次鳩尾いくからね」
ぐ……と彼女が拳を握り締める。以前同じ脅しをされたときにふざけつづけたら普通に鳩尾に一発いただいてしまったので、今回はふざけるわけにもいかない。幸い、少し考え直すとすぐに答えは見つかった。
「ま、待たせてしまって申し訳ない。連絡もできずに……」
「よろしい」
彼女はふんと短く息を吐いて腕を下ろす。猫を俺に見立てているようすがあんまり可愛くて忘れていたが、彼女は三十分も連絡のつかない俺を大人しく待っていてくれたのだ。
「……本当にすまんかった、その」
「も〜良いってば。でも零じゃなかったらこんなに待たないし、連絡つかなかったら帰るし、猫ちゃんだって零に似てたから……ああもう、ほら行こ。喉乾いちゃった」
ぶつぶつと言い訳をするように並べられたそれは、どれも遠回しな愛の言葉だった。誤魔化すように立ち上がった彼女の手を取って腰を上げ、ぎゅうっと彼女を抱き締める。
「うむ、我輩もだ〜いすきじゃよ♪」
「……ばか」
足もとの猫はなんだか面白くなさそうな顔をして、さっさと草むらへ帰っていってしまった。