「まァ、テメ〜が頼めばなんだってしてくれるだろ。あの人案外年下からのオネダリみて〜なのに弱いんだからよう、兄貴だからなのか知らね〜けど」

カフェの片隅で、カフェラテを飲みながら晃牙くんはそう言った。そうなのかなぁ、と生返事をしてクリームの乗ったアイスココアにくちをつける。

「でも想像つかないなぁ、あの零さんが普通に喋ってるとこなんて……」
「……ほらよ」

晃牙くんはふと自分のスマホを私のほうへ向けた。少し身を乗り出して画面を覗き込むと、そこにはなんだか今と髪型も雰囲気も違う零さんが写っていた。

「えっなにそれ! 昔の写真?」
「おう、耄碌する前のな。カッケ〜だろ」
「かっこいい〜……いいなぁ晃牙くん、ずっと昔から零さんのこと知ってて。なんか私、零さんのこと全然知らない気がする」
「気になるンなら教えてもらえばい〜だろ。ど〜せカッコ悪ぃとこ見せたくね〜とかで隠されてるだけなんだからよう、カッコ悪ぃとこなんかね〜のにな」

 ──わざわざ晃牙くんに相談したのは、何を隠そう恋人の零さんについてのことだった。

以前晃牙くんと雑談していたときに彼の口調の話になり、実は零さんが高校二年の頃くらいまでは普通に喋っていたということを私は初めて知った。私が彼に出会ったのはもう彼が成人していたころのことだから、昔のことなんて知る由もなかったのだ。

それで端的に言えば、普通に喋っている彼の姿が見てみたい……他人が知っていて私が知らない彼の姿があるのが許せない、というわがままを抱いてしまったので晃牙くんに相談にやってきたというわけだ。

 結局晃牙くんから得られたのは「頼めばなんでもやってくれる」といういまいち信じ難いアドバイスと、昔の零さんのカッコイイ写真だけだった。



 帰宅後、改めて若かりし頃の写真を見てソファでぼんやりしていると、間もなくして零さんが帰ってきた。

「帰ってきたぞい♪ おや、可愛い顔で何を見ておるんじゃ〜? うおっ」

彼は勝手に後ろから私のスマホを覗いてきた挙句、手のひらで画面を覆ってしまった。そして珍しく赤い顔で私を見る。

「そ、そんなものどこで見つけてきたのじゃ」
「晃牙くんにもらったの」
「……晃牙? おぬし晃牙とそんなに仲良しじゃったっけ」
「仲良しだよ、零さんの話するなら晃牙くんしかいないもん」

私がそう言ってスマホを膝の上に置くと、彼は心做しか文句ありげな顔をして私の隣へやって来て腰を下ろした。彼が何か言い出す前に私からおねだりをしてみる。

「零さんって昔は普通に喋ってたんでしょ? ね、私も普通に喋るとこ見てみたいの。だめ?」
「…………だめではないがちと恥ずかしいのう。それより晃牙と連絡先を交換しておるのかえ? しょっちゅう連絡するのかや?」
「え……もしかしてやきもちやいてるの? 晃牙くんはそういうんじゃないじゃん」
「おぬしや晃牙がどう思っていようが我輩が嫌じゃ」

 年下からのおねだりに弱いだなんて嘘だ。子どものように拗ねた態度を取る目の前の成人男性を見て負けじと私も嫌な顔をしてみせる。

「じゃあ、零さんのここがかっこいいとかこういうところが好きだって誰かに話したくなったとき、私は誰に話したらいいの? 誰にも話せないから晃牙くんと語り合ってるだけなのに」
「むう……」
「それより普通に喋ってみてよ、ね、お願い」

無理やり話を戻して再度頼み込んでみると、彼は数秒黙り込んだ後大きめの咳払いをした。

「んん、ごほん。……なまえ、まさかとは思うが晃牙と二人きりで会ってたりしね〜だろうな」
「んえ」

突然普通に喋りだした彼に驚くのと同時に、二人きりで会っていたことへ言及されたので変な返事をしてしまう。零さんはちょっと不機嫌そうな顔をぐいと寄せてきた。

「かっこいいとか好きとかは俺に直接言えばい〜だろうが、せめて二人きりはやめろ」
「……は、はい、わかりました……」
「で? ご所望の普通に喋る零ちゃんはどうだよ」
「かっこいいです……もういい、もう大丈夫」

私が真っ赤になって顔を背けると、零さんはすかさず私の顎を掴んで無理やり顔を合わせてきた。恥ずかしいとか言っていたわりにノリノリだ。

「まだちょっとしか喋ってね〜だろ。なぁなまえ、お前が言い出したんだからもうちょっと堪能しろよ」
「無理無理無理っ、かっこよすぎて死んじゃう」

 必死に距離を取ろうと胸板を押し返しても彼はびくともせずむしろ楽しそうに距離を詰めてくる。いよいよ耐えきれなくなってぎゅっと目を瞑ると、当たり前のようにくちびるを奪われた。

「……くく、おぬしはどっちが好みかえ? おじいちゃんな我輩は嫌いかのう」
「…………どっちも好き、どっちも零さんだもん」

負け惜しみのようにもごもごと呟く。零さんはあからさまに機嫌を良くしてにこにこと笑い、私を抱き締めた。

 彼がどうしても今のような喋り方をするようになったのか、どちらのほうが彼にとって話しやすいのか、どちらが彼の素なのか、私には何にも教えてくれない。他の人が知っていて私の知らないことなんてやっぱりたくさんある。

……それでも今目の前にいる彼の眼差しが如実に愛を伝えてくれるから、まぁいいか、と思ってしまうのだった。