「海……良いなぁ」

ぽつりとこぼれた彼女のひとりごとを、俺の耳は聞き漏らさずに受け止めてしまった。

ソファで並んでぼんやり見ていたテレビでは砂浜で遊ぶ人々の楽しそうなようすが映されていた。隣にいる彼女の横顔を覗き込むと、彼女はハッと我に返り俺のほうを見た。

「あ〜いや、んっと、本気じゃないよ?」
「……良いのではないか、海。別に我輩と一緒ではなくとも」

 夏の海の日差しには残念ながら勝てない。しかしだからと言って、彼女に気を遣わせてやりたいことを諦めさせるのは嫌だった。

本当は水着姿をほかの男になど見せてほしくなかったが、わがままを言う自分を押さえつけて格好をつけた。すると、彼女はちょっと困ったように笑った。

「ううん、いいの。……だって私肌も綺麗じゃないし……海水って滲みるから痛いんだもん。行けないよ……」
「しかし、行きたいのじゃろう?」

視線を下向けた彼女の手に自分の手を重ねて、視線を合わせようと彼女を見つめる。すると彼女は少し悩むようにうーんと唸り、それからはにかむような微笑で俺を見た。

「海に、っていうよりは、水着……可愛いの着て、零に見せてみたかったなって。それで可愛いって言ってほしかったの」

 彼女はそう言ったあと、やっぱり恥ずかしそうにまた視線を逸らしてしまった。髪の隙間から赤くなった耳がちらりと見えている。手を伸ばして横髪を耳にかけてやると、彼女は恐る恐るといったふうに俺を見た。

「それなら買いに行くかえ、可愛い水着。本当のところを言うと、おぬしの水着姿など他の誰にも見せてほしくないのじゃ。お家で我輩だけにお披露目しておくれ」

目と目を合わせてそう言うと、彼女は期待を瞳の奥にちらつかせる。その柔い頬に指の背で触れて彼女の返答を待つ。

「……プールにも海にも行かないのに、水着って変じゃない? じゃあ下着と変わらないんじゃ……」
「お風呂に冷たい水を溜めて遊べば良かろ?」
「あはは、なにそれ楽しそう」
「うむ、水鉄砲やらなんやらも買ってふたりきりで楽しもう」

 いよいよ懸念のなくなった彼女は、ふにゃりと糸がほどけるような笑顔を浮かべてこくりと頷いた。その愛らしい表情を慈しむようにキスをし、頭を撫でて抱き締める。開放感のある広く綺麗な海とまでは行かずとも、きっと、手の届く狭いバスルームくらいで十分だ。