よくよく考えてみれば余裕をもって持てるぶんだけを持てばいいものを、どうしても横着してギリギリを攻めてしまう。まだいけるまだいける……と思って無理に書類やら持ち物やらを持った結果、ビル内をよろよろ歩く不審者みたいになってしまった。エレベーター前まで来てようやく、ボタンが押せないことに気づく。

 誰か来ないかな……とも思ったし肩や肘で押そうかとも思ったが、幸い今日は二階下の会議室へ行くだけだったから意を決して階段を使うことにした。一段一段慎重に下りていくと、案の定というかなんというか、結構上の方で足を踏み外してしまった。

「わっ!?」
「うぉっ!?」

たまたま階段の踊り場へやって来た誰かの影を、もちろん避けることなどできずそのまま転げていってしまう。すると一瞬、こちんと唇に何か柔い感触がした。目を開けるといきなり目の前に朔間さんの整った顔が現れたので、驚いて飛び上がりすぐに距離を取った。

「ごっ……!? ごめんなさいっ! 無事でしたか!? あ、頭とか打ってませんか、本当にごめんなさい……」
「いてて……いやいや、大丈夫じゃよ。あんまり軽いので天使が落ちてきたのかと思ったぞい」
「やっぱり頭、打ちましたか」
「うっ……カッコつけただけじゃよ〜、しくしく」

 朔間さんの白い頬はなんだかほんのり赤くなっているうえ、どこかぎこちない台詞が返ってくる。やはりどこか強く打ちつけたのでは、と彼に近づくと、彼は困ったように笑った。

「いやいや、本当に。大丈夫じゃよ、おぬしのほうが心配じゃ」
「私は別に、朔間さんを下敷きにしちゃってたみたいなので」
「うむ……そう、そうじゃな……」

何故かますます赤くなった顔を見て首を傾げる。ふと彼が自分の口もとに指先で触れたので、あっ、と声を上げてしまった。そういえばさっき唇に何か触れたような感じがしたのは、まさか今彼が触れているところだったのだろうか。

「ごめんなさい、もしかして口、ぶつかっちゃいましたか?」
「……うむ」
「うそ……本当にすみません……」

 申し訳がないやら恥ずかしいやらで真っ赤になって頭を下げると、朔間さんのほうから私に近づき、頬に手を添えて顔を上げさせられた。その瞬間、ちゅ、とさっきより優しく唇が重ねられる。

「我輩としてはラッキーだったのじゃが、まぁ……できれば事故ではなく普通にしたかったので、これで上書きさせておくれ」

私はポカンとしたまま何も言えず、その場にしばらく固まってしまった。朔間さんはその隙に散らばった荷物を集め、軽々しくそれを持って立ち上がるとにこやかに笑って私に手を差し伸べた。その手を取って立ち上がり、放心したまま朔間さんを見上げる。

「そんなに隙だらけだともう一度キスしちゃいそうになるんじゃけど?」
「……こ、ここ日本ですよ」
「挨拶のキスじゃね〜よ」

 朔間さんはそう言ってまた唇を重ね、にやりと勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

「さて、これはどこへ持っていくのかえ? また転げては危ないからのう、一緒に持って行ってやろう」
「ありがとうございます……」

結局その後の会議まで放心状態のまま参加してしまい、業務に支障は出まくりだった。朔間さんってキス魔だったんだ〜なんてぼんやり思いつつ、その真意を確かめるのも怖くて、それ以来何となく朔間さんを避けるようになってしまったのだった。