疑いようのない愛を
いつかこんな日がくるんじゃないかと予感はしていた。誌面に載った恋人と有名女優との熱愛報道を見下ろし、私は静かに溜め息をこぼした。
「少し距離の近いひとで……正直困っておるんじゃよ。その気はないとハッキリ伝えておるんじゃけど……」
と、つい先日、頭を抱えていた彼のことを思い出す。
事実無根のニュースだったとしても、やはり、恋人のような距離感の写真を見るとイライラしてしまう。
けれど肝心なのは今日、彼が帰宅したときにどう迎えるかだ。きっと彼は必死に頭を下げて謝るのだろう。けれど彼は何も悪くないのに、私が被害者みたいな顔をして謝らせるのはなんだか気持ち悪い。こんなこと、いくら気をつけていたっていつかは必ず起こることなのだ。
──それにこんなでっちあげの記事ごときで、どうして彼の愛を疑えるだろうか。こんなくだらないもので傷ついたりするのは彼への侮辱なんじゃないだろうか。そう思う気持ちがあったから、彼には絶対、謝ってほしくなかった。
「……帰ったぞい」
いつになく緊張した声色が帰宅を告げる。私は雑誌を閉じてクッションの下に隠し、努めていつも通りを装った。
「おかえり。どうしたの、なんか元気ない?」
「……元気、というか……その」
「もう、せっかく零の好きな生ハムとトマトソースのパスタ作ったのにな〜? ほら、手ぇ洗ってジャケット脱いできて。用意しとくから」
「う、うむ」
ばつの悪そうな顔と態度のまま、彼は洗面所へ向かう。作っておいたソースを温めて麺を茹でながら、小さく息を吐いた。何にもしていない彼がどうしてあんなにつらそうな顔をしないといけないのだろう。いつも通りの優しい顔で笑ってほしいのに、なかなかどうして上手くいかないものだ。
「……いい匂いじゃな」
零はキッチンへやって来ると、甘え下手な子どもみたいに私を背後から抱き締め、肩に顎を乗せた。その頭をよしよしと撫でて軽く頬擦りをしてやる。
「もちろん、零のために作ったんだから」
「なまえ、謝らせてもくれないのかえ」
張り詰めた声が鼓膜を揺さぶる。お腹に回された彼の腕が、緊張したように強ばるのを感じた。その腕に自分の手を添える。
「零、何か悪いことしたの?」
「悪いこと、というか、おぬしを傷つけるような真似をしてしまった。……見たんじゃろ、あの記事」
「……見た。見たけど別に傷ついてないよ。あんなのでたらめでしょ? それとも本当にホテル行ったの?」
「行ってない、行くわけね〜だろ」
「じゃあいいじゃん。何にも悪いことしてないし、私も傷ついてない。今日はちょっと夕飯が豪華なだけの、なんでもない日。それじゃダメ?」
私がそう言って火を止めて彼に向き直ると、彼はようやく泣きそうな顔を上げて私を正面から見た。きっと私の取り繕った笑顔も、ぎこちなく歪んでいただろう。でも笑っていたかった。そういう意地を汲み取ったのか、零もぎこちない微笑をつくって私の髪を撫でてくれた。
「いや、その通りじゃな。生ハムはいっぱい乗せてもいいかえ?」
「いいよ。今日は特別ね」
「ありがとう」
零はそう言ってお詫びでもなんでもないただの幸せなキスをした。すると、自然と顔が綻び心の底から素直に笑顔になれた。
食事中、私たちは例の記事に触れることはなく、零は満足そうに生ハムたっぷりのパスタを頬張っていた。記事の載った雑誌はその後すぐに捨ててしまった。
こんなもので私たちの幸せな日常に少しでもひびが入ると思ったら大間違いだ。せいぜい事実無根の記事で騒いでいればいい。彼の重い重い愛について知っているのは世界にたった私ひとりだけで十分だ。
「……でも、その、もし良かったらなんだけど。今夜は激しめに抱いてほしいな」
寝室のベッドのうえで私が思いきってそんなことを言うと、零は二三秒固まってからガバッと強く私を抱きしめた。
「今まで何回も思ったことじゃが、なまえ、おぬしと一緒になれて本当に嬉しい。こんないい女に選んでもらえて光栄じゃ」
「くるしい……」
「すまんすまん。おぬしのお願いはもちろん全力で叶えるぞい、気を失わぬよう頑張っておくれ」
「はぁい」
零の広い背中に手を回して、甘えるように首もとに擦り寄る。
……が、その後気がついたら朝になっていたので、恐らく途中で気を失ってしまったのだろう。身体中、特に腰や股関節がかなり痛むが、それでも後悔しない程度には彼を愛している。
どうかそれを零にもちゃんと知っておいてほしい。
「少し距離の近いひとで……正直困っておるんじゃよ。その気はないとハッキリ伝えておるんじゃけど……」
と、つい先日、頭を抱えていた彼のことを思い出す。
事実無根のニュースだったとしても、やはり、恋人のような距離感の写真を見るとイライラしてしまう。
けれど肝心なのは今日、彼が帰宅したときにどう迎えるかだ。きっと彼は必死に頭を下げて謝るのだろう。けれど彼は何も悪くないのに、私が被害者みたいな顔をして謝らせるのはなんだか気持ち悪い。こんなこと、いくら気をつけていたっていつかは必ず起こることなのだ。
──それにこんなでっちあげの記事ごときで、どうして彼の愛を疑えるだろうか。こんなくだらないもので傷ついたりするのは彼への侮辱なんじゃないだろうか。そう思う気持ちがあったから、彼には絶対、謝ってほしくなかった。
「……帰ったぞい」
いつになく緊張した声色が帰宅を告げる。私は雑誌を閉じてクッションの下に隠し、努めていつも通りを装った。
「おかえり。どうしたの、なんか元気ない?」
「……元気、というか……その」
「もう、せっかく零の好きな生ハムとトマトソースのパスタ作ったのにな〜? ほら、手ぇ洗ってジャケット脱いできて。用意しとくから」
「う、うむ」
ばつの悪そうな顔と態度のまま、彼は洗面所へ向かう。作っておいたソースを温めて麺を茹でながら、小さく息を吐いた。何にもしていない彼がどうしてあんなにつらそうな顔をしないといけないのだろう。いつも通りの優しい顔で笑ってほしいのに、なかなかどうして上手くいかないものだ。
「……いい匂いじゃな」
零はキッチンへやって来ると、甘え下手な子どもみたいに私を背後から抱き締め、肩に顎を乗せた。その頭をよしよしと撫でて軽く頬擦りをしてやる。
「もちろん、零のために作ったんだから」
「なまえ、謝らせてもくれないのかえ」
張り詰めた声が鼓膜を揺さぶる。お腹に回された彼の腕が、緊張したように強ばるのを感じた。その腕に自分の手を添える。
「零、何か悪いことしたの?」
「悪いこと、というか、おぬしを傷つけるような真似をしてしまった。……見たんじゃろ、あの記事」
「……見た。見たけど別に傷ついてないよ。あんなのでたらめでしょ? それとも本当にホテル行ったの?」
「行ってない、行くわけね〜だろ」
「じゃあいいじゃん。何にも悪いことしてないし、私も傷ついてない。今日はちょっと夕飯が豪華なだけの、なんでもない日。それじゃダメ?」
私がそう言って火を止めて彼に向き直ると、彼はようやく泣きそうな顔を上げて私を正面から見た。きっと私の取り繕った笑顔も、ぎこちなく歪んでいただろう。でも笑っていたかった。そういう意地を汲み取ったのか、零もぎこちない微笑をつくって私の髪を撫でてくれた。
「いや、その通りじゃな。生ハムはいっぱい乗せてもいいかえ?」
「いいよ。今日は特別ね」
「ありがとう」
零はそう言ってお詫びでもなんでもないただの幸せなキスをした。すると、自然と顔が綻び心の底から素直に笑顔になれた。
食事中、私たちは例の記事に触れることはなく、零は満足そうに生ハムたっぷりのパスタを頬張っていた。記事の載った雑誌はその後すぐに捨ててしまった。
こんなもので私たちの幸せな日常に少しでもひびが入ると思ったら大間違いだ。せいぜい事実無根の記事で騒いでいればいい。彼の重い重い愛について知っているのは世界にたった私ひとりだけで十分だ。
「……でも、その、もし良かったらなんだけど。今夜は激しめに抱いてほしいな」
寝室のベッドのうえで私が思いきってそんなことを言うと、零は二三秒固まってからガバッと強く私を抱きしめた。
「今まで何回も思ったことじゃが、なまえ、おぬしと一緒になれて本当に嬉しい。こんないい女に選んでもらえて光栄じゃ」
「くるしい……」
「すまんすまん。おぬしのお願いはもちろん全力で叶えるぞい、気を失わぬよう頑張っておくれ」
「はぁい」
零の広い背中に手を回して、甘えるように首もとに擦り寄る。
……が、その後気がついたら朝になっていたので、恐らく途中で気を失ってしまったのだろう。身体中、特に腰や股関節がかなり痛むが、それでも後悔しない程度には彼を愛している。
どうかそれを零にもちゃんと知っておいてほしい。