テレビに映る天気予報士のお姉さんが、今日の天気を詳しく解説している。どうやら今日は猛暑日らしい。暑さに負けないよう髪をポニーテールにして気合いを入れ、よし、と頬を叩いてからテレビを消して家を出た。

 満員電車に揉まれながら会社の最寄り駅に辿り着く頃には入れた気合いがもう数パーセントしか残っていなかった。それでも顔を上げれば何処までも続く快晴が目に飛び込んできたので、不思議と気分が上がってくる。

軽い足取りで駅からESビルまでを歩いていると、路傍にうずくまる大きな毛虫みたいな影を見つけた。どうやら日傘をさしたまましゃがみこんでいるらしい。具合でも悪いのだろうかと近づいてみると、日傘の中には見慣れた顔があった。

「あれ、朔間さん。お疲れ様です、大丈夫ですか?」

少し屈んで傘の中を覗き込む。生白い顔の朔間さんは、憔悴した瞳で私を見てへらりとぎこちなく笑った。

「おやおや、偶然じゃのう……ちょっと日差しがキツくて死にかけておるところじゃよ」
「ビルに行く途中ですよね? 肩貸しますよ。あとこれもどうぞ、まだあけてないので」

鞄の中からさっき買ったばかりのスポーツドリンクを出して、彼の手に握らせる。彼はそれを受け取ると、キャップを開けて一気にそれを飲み干してしまった。いい飲みっぷりだなぁ、と、私は彼の喉仏が上下するのを見つめながらぼんやりとそんなことを考えた。

 あっという間に空になったペットボトルを受け取って再び鞄にしまう。それから彼の手を取り立ち上がらせ、自分の肩に腕を回させた。朔間さんは意外にこちらへ体重をかけ、ふらふらと覚束無い足取りで歩く。酔っぱらいの介抱をしているみたいだ。

「肩を貸してもらえるのは有難いんじゃが、我輩いま汗くさいのであんまり近づくのは……」
「あはは、思春期の女子ですか。いい匂いしかしませんから安心してください」
「……くく、いい匂いと感じる相手とは相性がいいとよく言うがのう?」
「へ〜、そうなんですね」

意識がしっかりしているらしいことだけが幸いだ。少し朦朧とした喋り方とよくわからない内容ではあるが。適当に返事をしながらふらふら歩いて、ようやくESビルのエントランスに辿り着く。

 エアコンのよく効いたエントランスに入ると、ふわっと涼しい風と空気が身体を通り抜けた。あと少し、と唾を飲んで身体を奮い立たせ、エレベーターに乗って医務室へ向かう。朔間さんは何も言わずずっと黙り込んでいたけれど、すぐそばにある整った顔はさっきよりはマシな色になっていた。ただ美形が無表情で黙っていると怖いものだなと内心汗をかいた。

 そうしてやっとの思いで医務室のベッドまで朔間さんを運び込む。朔間さんは大人しくベッドの縁に腰掛けると、改めて私を見た。

「わざわざすまんかったのう、助かったぞい。ありがとう」
「いえ。これからお仕事の予定でしたか?」
「あぁ、うむ。しかしまだ時間に余裕があるので大人しく休んでいこうかの」
「……もしかしてお昼からのラジオ収録ですか? あと三時間くらいありますけど、なにかご用事でも……」

現在時刻は午前八時五十分。朔間さんのラジオ収録は確か十二時からだったはずだ。私が腕時計を確認して首を傾げると、朔間さんはちょっと困ったように笑った。

「おぬしに会えるかもと思って早起きしたんじゃ」
「……? 何かありましたか?」
「いや、本当に何にもないんじゃよ。不思議そうな顔されると恥ずかしいんじゃけど……朝からおぬしの顔を見れば暑くともやる気が出ると思って……出社時間に合わせて来たのじゃ」

 やや汗ばんでしっとりした手のひらが、恐る恐る私の手に触れる。私が特に何の反応もせずにいると、彼の手は私の手を取って指を絡めた。しばらくバカみたいにポカンとしていたが、ようやく彼の言葉の真意を理解すると急に顔が燃えるように熱くなった。

「えっいやあの、ごめんなさい」
「えっ!? そ、それはお断りの意味かえ!? やっぱりストーカーっぽくて気持ち悪かったかや……!?」
「や、そうじゃないですけど、なんか焦っちゃって」
「それなら良いんじゃけど……その、お返事はくれるのかのう?」

手はしっかりと握られたままで、彼の紅い瞳がまっすぐに私を捉えて離さない。こうまでされておいて嫌悪感どころか破裂しそうなほど心臓をバクバクさせているというのに、どうして断ったり答えを保留したりできるだろうか。私は恐る恐る絡めた指に力を込め、震える声で答える。

「じゃあ、次、会いたいときは連絡してください。……迎えに行きますから」
「……それは、その、つまり」
「そういうことですから、とにかく今は寝てください!」
「えぇ、無理じゃろ、ハグしてもよい?」
「ここカメラあるのでダメです。お仕事終わったら連絡してください」

 携帯していたメモ帳にひとまず自分の電話番号を書き、朔間さんに押しつけて手をほどく。荷物を抱え、彼から何か言われる前に踵を返し医務室を出た。私はパタパタと手で顔を扇ぎながら、今日は本当に暑いなと心の中でひとり言い訳のように呟くのだった。