可愛いなんて言われたら
「ぎゃあ!?」
時間はどうして巻き戻らないのだろうと、これほど思ったことが未だかつてあっただろうか。せっかくのデートだし切っちゃおう、なんて思って朝からざくざく前髪を切り始めたのが間違いだった。
くしゃみをした瞬間にざっくりいってしまった前髪は、もう整えようもないほど短くなってしまっている。
「終わった……死ぬか……」
絶望しながら自分の前髪を見て溜息をつく。すると泉くんから『起きてるよね? 遅れたりしないでよ』とメッセージが来た。ちょっと体調が……なんて言い訳をしてドタキャンなんてしたくないけれど、この前髪を彼に見せる勇気もない。
追い詰められた私は、新品の服に身を包み、普段被らない帽子を深く被ってデートに臨むことにしたのだった。
「お、早いじゃん。感心感心」
待ち合わせより少し早めに来たはずなのに、泉くんは既に私を待っていた。彼の姿は流石というべきか変装こそしているけれどカッコよくキマっていて、私はつい帽子を深く被り直してしまう。
「なにその帽子。そんなの持ってたっけ? 可愛いじゃん」
「え、えへへ……ありがと〜。前から持ってたんだけどあんまり使ってなくて。今日はその、気分、というか」
「ふ〜ん。日差しも強いしね、いいんじゃない」
泉くんはそう言って幽かに微笑む。ほんの少し目を細めて口角を三ミリ程度上げるのが自然な彼の微笑だ。最初はそれがいまいちわからなくてずっと真顔なのだと思っていた。改めて手を握られ、恋人繋ぎで歩き始める。
会えて嬉しいだとか手を繋いでくれて幸せだとか、そういうフワフワした気持ちで胸はいっぱいになるけれど、やはり帽子で隠した前髪のことが気になって仕方がない。
「アンタが前行きたいって言ってたカフェ、予約してるからランチはそこで良い?」
「えっほんと!? 良いっていうか嬉しい、ありがと!」
「別に、俺もちょっと気になってたし」
ちょっと照れたような嬉しそうな顔も、最近は少しずつわかるようになってきた。そうやってわかることが増えてくると、それに比例して好きな気持ちも際限なく大きくなってしまう。
私ってなんて幸せなんだろう……と頭の中にお花畑をつくった直後、やはり現実を突きつけられた。カフェの中に入ると、泉くんに「それ脱ぎなよ」と帽子を指さされた。
「こ……これ実は呪いの装備だから脱げないの」
「はぁ? 何言ってんの、暑さで頭でもやられた? 店の中では脱ぎなよ、かえって熱がこもるでしょ」
「あっやだやめて! あ〜……」
呆気なく帽子を取られ、無惨にも前髪が彼の目に晒されてしまう。私は真っ赤になりながら手で前髪を覆うように隠した。
「違うの聞いて、今朝切ってたらくしゃみしちゃって」
「ぷっ……あはは! いいじゃん、俺は可愛いと思うよぉ? まぁちょっとっていうかだいぶ雑な切り方だけど……オン眉も似合うじゃん」
泉くんは思いのほか軽い反応で私の手をやさしくどけて、額を撫でてくれた。その笑顔があんまり爽やかだったから、私はもう小さく唸るくらいしかできなくなってしまう。
「堂々としてなよ。気休めなんて俺が言うと思う?」
彼の綺麗な手が、私の横髪を耳にかけさせる。まっすぐ見つめられるともう隠す気にもなれなかった。軽く息を吐いて丸めていた姿勢を正す。
「思わない。……ありがと」
「ん。ほら、さっさとなに食べるか決めな」
いつもより開けた視界のなかで、泉くんは心做しか楽しそうに微笑んでいる。彼にちょっと「可愛い」と言われただけで易々と自信を持ってしまうのだから、私は自分が思っているよりチョロいのかもしれない。結局、その日のデートは丸一日ずうっと幸せだった。
時間はどうして巻き戻らないのだろうと、これほど思ったことが未だかつてあっただろうか。せっかくのデートだし切っちゃおう、なんて思って朝からざくざく前髪を切り始めたのが間違いだった。
くしゃみをした瞬間にざっくりいってしまった前髪は、もう整えようもないほど短くなってしまっている。
「終わった……死ぬか……」
絶望しながら自分の前髪を見て溜息をつく。すると泉くんから『起きてるよね? 遅れたりしないでよ』とメッセージが来た。ちょっと体調が……なんて言い訳をしてドタキャンなんてしたくないけれど、この前髪を彼に見せる勇気もない。
追い詰められた私は、新品の服に身を包み、普段被らない帽子を深く被ってデートに臨むことにしたのだった。
「お、早いじゃん。感心感心」
待ち合わせより少し早めに来たはずなのに、泉くんは既に私を待っていた。彼の姿は流石というべきか変装こそしているけれどカッコよくキマっていて、私はつい帽子を深く被り直してしまう。
「なにその帽子。そんなの持ってたっけ? 可愛いじゃん」
「え、えへへ……ありがと〜。前から持ってたんだけどあんまり使ってなくて。今日はその、気分、というか」
「ふ〜ん。日差しも強いしね、いいんじゃない」
泉くんはそう言って幽かに微笑む。ほんの少し目を細めて口角を三ミリ程度上げるのが自然な彼の微笑だ。最初はそれがいまいちわからなくてずっと真顔なのだと思っていた。改めて手を握られ、恋人繋ぎで歩き始める。
会えて嬉しいだとか手を繋いでくれて幸せだとか、そういうフワフワした気持ちで胸はいっぱいになるけれど、やはり帽子で隠した前髪のことが気になって仕方がない。
「アンタが前行きたいって言ってたカフェ、予約してるからランチはそこで良い?」
「えっほんと!? 良いっていうか嬉しい、ありがと!」
「別に、俺もちょっと気になってたし」
ちょっと照れたような嬉しそうな顔も、最近は少しずつわかるようになってきた。そうやってわかることが増えてくると、それに比例して好きな気持ちも際限なく大きくなってしまう。
私ってなんて幸せなんだろう……と頭の中にお花畑をつくった直後、やはり現実を突きつけられた。カフェの中に入ると、泉くんに「それ脱ぎなよ」と帽子を指さされた。
「こ……これ実は呪いの装備だから脱げないの」
「はぁ? 何言ってんの、暑さで頭でもやられた? 店の中では脱ぎなよ、かえって熱がこもるでしょ」
「あっやだやめて! あ〜……」
呆気なく帽子を取られ、無惨にも前髪が彼の目に晒されてしまう。私は真っ赤になりながら手で前髪を覆うように隠した。
「違うの聞いて、今朝切ってたらくしゃみしちゃって」
「ぷっ……あはは! いいじゃん、俺は可愛いと思うよぉ? まぁちょっとっていうかだいぶ雑な切り方だけど……オン眉も似合うじゃん」
泉くんは思いのほか軽い反応で私の手をやさしくどけて、額を撫でてくれた。その笑顔があんまり爽やかだったから、私はもう小さく唸るくらいしかできなくなってしまう。
「堂々としてなよ。気休めなんて俺が言うと思う?」
彼の綺麗な手が、私の横髪を耳にかけさせる。まっすぐ見つめられるともう隠す気にもなれなかった。軽く息を吐いて丸めていた姿勢を正す。
「思わない。……ありがと」
「ん。ほら、さっさとなに食べるか決めな」
いつもより開けた視界のなかで、泉くんは心做しか楽しそうに微笑んでいる。彼にちょっと「可愛い」と言われただけで易々と自信を持ってしまうのだから、私は自分が思っているよりチョロいのかもしれない。結局、その日のデートは丸一日ずうっと幸せだった。