ひどいひと
⚠️流血注意(夢主がリスカしてます)
⚠️夢主が作家という設定です
帰るとすぐ鉄のような匂いがしたので、私は嫌な予感がして彼女の名前を何度か呼びました。玄関には彼女の靴がきちんと揃えられているので居るはずなのですが、いつものように明るく「おかえり」と迎える声は聞こえません。うたた寝でもしているのなら良かったのですが、嫌な予感は見事に当たってしまいました。
お風呂場でバスタブに手を入れ、青ざめて放心している様子の彼女を見つけてしまったのです。その白い腕からは夥しい量の血が流れていました。
「あ……わ、渉。おかえり……」
「何をしているんです!?」
血の気が引くような感覚がして、私はすぐ彼女に寄り添いました。彼女の腕の傷跡を水で流していると、彼女はなんだか妙な調子で話し始めました。
「痛いね、すっごく痛くてびっくりしちゃった。それにどうせそんなにでしょって思ったのに血がいっぱい出てきたから余計にびっくりしてさ〜。リストカットってこんなに痛いんだね、死んじゃうかもって思った、そしたら渉が帰ってきたの」
「なにを…………いえ後で構いません、今はとにかく応急処置をしましょう」
「わかって、渉、私全然死にたくないよ。でもどれだけつらかったらこんなことができるんだろう。こうしてたらつらいことから目を逸らせるのかな? 本当に死ねると思ってやるのかな、それともこうして」
「お願いですから、少し黙っていてください」
「……こうして大好きなひとに心配されたくてやるのかな?」
彼女はそう言って、傷のついてない手で私の頬をやさしく慈しむように撫でました。構わずタオルで水分を拭き取り、それからペーパータオルで傷口を押さえ込みます。そうしているうちにようやく流血がおさまったので、一旦ガーゼで傷口を保護しました。
一連の処置が終わって彼女のほうを見ると、彼女はぼんやりとした瞳で虚空を見つめていました。
「……どうしてこんなことをしたのですか。いくらなんでも許せませんよ」
「ごめんなさい、知りたかっただけなの。リストカットってこんなに痛くて怖いけど、世の中にはする人が割といるでしょ。どうしてそんなことするのかなって、私、経験してみたかったの」
じゃないと書けないでしょ……と言いたげに、彼女は私の瞳を見つめました。
要するに作家である彼女は、「自分が実際に経験したもの」に一番の価値を置いていて、それを欠いてはものを書けないと言い張るのです。
「確かに、貴女のそういう歪さを愛してしまったのは私です。けれど生命にかかわることだけは、お願いですからやめてください。貴女が私をズタズタに引き裂き傷つけようと思わないのであれば」
細い腕には傷跡が残ってしまうでしょうか。彼女の手を握る自分の手はみっともなく震えていました。彼女は私の手を握り返し、そっと控えめに微笑みを浮かべました。
「ごめんなさい」
「…………」
その謝罪がどういう意図を持っているのか、私には問い質すことができませんでした。
心身をすり減らしてでも生きる彼女の愚直さは、確かに私の愛するところでもあります。彼女の生き様をどうして私が変えられるでしょうか。それはきっとお互いさまなのでしょうけれど、しかしあまりにも──。
⚠️夢主が作家という設定です
帰るとすぐ鉄のような匂いがしたので、私は嫌な予感がして彼女の名前を何度か呼びました。玄関には彼女の靴がきちんと揃えられているので居るはずなのですが、いつものように明るく「おかえり」と迎える声は聞こえません。うたた寝でもしているのなら良かったのですが、嫌な予感は見事に当たってしまいました。
お風呂場でバスタブに手を入れ、青ざめて放心している様子の彼女を見つけてしまったのです。その白い腕からは夥しい量の血が流れていました。
「あ……わ、渉。おかえり……」
「何をしているんです!?」
血の気が引くような感覚がして、私はすぐ彼女に寄り添いました。彼女の腕の傷跡を水で流していると、彼女はなんだか妙な調子で話し始めました。
「痛いね、すっごく痛くてびっくりしちゃった。それにどうせそんなにでしょって思ったのに血がいっぱい出てきたから余計にびっくりしてさ〜。リストカットってこんなに痛いんだね、死んじゃうかもって思った、そしたら渉が帰ってきたの」
「なにを…………いえ後で構いません、今はとにかく応急処置をしましょう」
「わかって、渉、私全然死にたくないよ。でもどれだけつらかったらこんなことができるんだろう。こうしてたらつらいことから目を逸らせるのかな? 本当に死ねると思ってやるのかな、それともこうして」
「お願いですから、少し黙っていてください」
「……こうして大好きなひとに心配されたくてやるのかな?」
彼女はそう言って、傷のついてない手で私の頬をやさしく慈しむように撫でました。構わずタオルで水分を拭き取り、それからペーパータオルで傷口を押さえ込みます。そうしているうちにようやく流血がおさまったので、一旦ガーゼで傷口を保護しました。
一連の処置が終わって彼女のほうを見ると、彼女はぼんやりとした瞳で虚空を見つめていました。
「……どうしてこんなことをしたのですか。いくらなんでも許せませんよ」
「ごめんなさい、知りたかっただけなの。リストカットってこんなに痛くて怖いけど、世の中にはする人が割といるでしょ。どうしてそんなことするのかなって、私、経験してみたかったの」
じゃないと書けないでしょ……と言いたげに、彼女は私の瞳を見つめました。
要するに作家である彼女は、「自分が実際に経験したもの」に一番の価値を置いていて、それを欠いてはものを書けないと言い張るのです。
「確かに、貴女のそういう歪さを愛してしまったのは私です。けれど生命にかかわることだけは、お願いですからやめてください。貴女が私をズタズタに引き裂き傷つけようと思わないのであれば」
細い腕には傷跡が残ってしまうでしょうか。彼女の手を握る自分の手はみっともなく震えていました。彼女は私の手を握り返し、そっと控えめに微笑みを浮かべました。
「ごめんなさい」
「…………」
その謝罪がどういう意図を持っているのか、私には問い質すことができませんでした。
心身をすり減らしてでも生きる彼女の愚直さは、確かに私の愛するところでもあります。彼女の生き様をどうして私が変えられるでしょうか。それはきっとお互いさまなのでしょうけれど、しかしあまりにも──。