有限の花
パチン、パチン、と茎を切り落とす音がする。ある日曜の昼下がり、私の恋人は花束を持って突然私の家を訪れた。そして陽だまりのように無邪気で圧倒的な笑顔を見せ、「きみの家には彩りがなさすぎるからね!」と勝手に花を生けはじめたのだ。
綺麗な模様の入ったシンプルな陶器の花瓶に水を入れ、彼は新聞紙のうえで花の茎を切り整えながら花を生けていく。その腕はなかなかのもので、色彩豊かな花々は決してお互いを邪魔せず、花瓶にどれだけ花が増えてもその穏やかな調和が失われることはない。
「葉っぱは全部取っちゃうの?」
「そうだね、葉っぱを残しておくとそっちに水分を取られちゃうからね。花が少しでも長く美しくあれるよう最善を尽くす、それが今のぼくの仕事だね」
「変なの。そんなふうに茎を切っちゃったらもう死んでるのと同じでしょ?」
別に、私に彼を批判する意図はなかった。ただ純粋に疑問に思っただけだ。日和くんは手を止めて花と鋏を置くと、テーブルを挟んで向かいに座っていた私を見て微笑む。それはまるで母親が子どもに向けるかのような笑みだった。
「きみってたまに英智くんみたいなことを言うよね! ふふ、死んでなんかいないね。お花ってぼくたちが思うよりずっと強いからね。こうして正しく生けてあげれば、水を茎の断面から吸収してしばらくの間は生きられる」
日和くんはそう言って、ちょうど切ったばかりの茎の断面を見せてきた。斜めに切られた茎の断面。水をより多く吸収するようにという配慮だろうか。
「でもいつか、そう遠くないうちに死んじゃうんでしょ?」
「そんなことは生きとし生けるものすべてそうだね! ぼくらだって明日には死んでしまっているかもしれない。でもそれなら、……ううん、だからこそ。ぼくらは可能な限り美しく在りたいよね。美しく咲いて、見る人を幸福で満たしたいね」
歌でも歌うような調子で、日和くんはそう語った。私はなんとなく寂しい気持ちになって、何も言えず俯いて黙り込んでしまった。すると日和くんは手を伸ばし、私の頬に触れて顔をあげさせた。
「どうして悲しい顔をするの?」
「……日和くんがいなくなるなんて、考えたくないから……」
「けれどそれはもはやどうしようもないことだね。いつか散るからこそ……ぼくらはそれを価値あるものとして愛で、大切にする」
日和くんの言うことはもっともらしくて、きっとそれは真理なのだろうと思った。けれどどうしても、すぐにでも死んでしまうかも……だなんて、仮定だとしても考えたくなかった。
「きみもそうやってぼくを惜しんで、今あるかぎり大切にするといいね。ぼくがきみにしているようにね……なまえちゃん」
柔らかな声は優しくそう言って私の頬を撫でる。それから彼は少し体を乗り出し、一瞬、触れるだけのキスをした。彼は目を細めて綺麗に微笑む。花瓶には色とりどりの花々が、かつてないほど美しい調和を保って寄り添いあっていた。
「大切にしてね」
彼の声に、私は素直に「うん」と頷いた。
花瓶に生けられた花は、一週間かそこらであっさり萎びてしまった。俯くように枯れてしまった花を見て日和くんへの執着がいっそう強くなってしまったのは、果たして彼の思惑のうちだっただろうか。彼はそれ以来何度も、花瓶に生けるための花を家へ持って来るようになったのだった。
綺麗な模様の入ったシンプルな陶器の花瓶に水を入れ、彼は新聞紙のうえで花の茎を切り整えながら花を生けていく。その腕はなかなかのもので、色彩豊かな花々は決してお互いを邪魔せず、花瓶にどれだけ花が増えてもその穏やかな調和が失われることはない。
「葉っぱは全部取っちゃうの?」
「そうだね、葉っぱを残しておくとそっちに水分を取られちゃうからね。花が少しでも長く美しくあれるよう最善を尽くす、それが今のぼくの仕事だね」
「変なの。そんなふうに茎を切っちゃったらもう死んでるのと同じでしょ?」
別に、私に彼を批判する意図はなかった。ただ純粋に疑問に思っただけだ。日和くんは手を止めて花と鋏を置くと、テーブルを挟んで向かいに座っていた私を見て微笑む。それはまるで母親が子どもに向けるかのような笑みだった。
「きみってたまに英智くんみたいなことを言うよね! ふふ、死んでなんかいないね。お花ってぼくたちが思うよりずっと強いからね。こうして正しく生けてあげれば、水を茎の断面から吸収してしばらくの間は生きられる」
日和くんはそう言って、ちょうど切ったばかりの茎の断面を見せてきた。斜めに切られた茎の断面。水をより多く吸収するようにという配慮だろうか。
「でもいつか、そう遠くないうちに死んじゃうんでしょ?」
「そんなことは生きとし生けるものすべてそうだね! ぼくらだって明日には死んでしまっているかもしれない。でもそれなら、……ううん、だからこそ。ぼくらは可能な限り美しく在りたいよね。美しく咲いて、見る人を幸福で満たしたいね」
歌でも歌うような調子で、日和くんはそう語った。私はなんとなく寂しい気持ちになって、何も言えず俯いて黙り込んでしまった。すると日和くんは手を伸ばし、私の頬に触れて顔をあげさせた。
「どうして悲しい顔をするの?」
「……日和くんがいなくなるなんて、考えたくないから……」
「けれどそれはもはやどうしようもないことだね。いつか散るからこそ……ぼくらはそれを価値あるものとして愛で、大切にする」
日和くんの言うことはもっともらしくて、きっとそれは真理なのだろうと思った。けれどどうしても、すぐにでも死んでしまうかも……だなんて、仮定だとしても考えたくなかった。
「きみもそうやってぼくを惜しんで、今あるかぎり大切にするといいね。ぼくがきみにしているようにね……なまえちゃん」
柔らかな声は優しくそう言って私の頬を撫でる。それから彼は少し体を乗り出し、一瞬、触れるだけのキスをした。彼は目を細めて綺麗に微笑む。花瓶には色とりどりの花々が、かつてないほど美しい調和を保って寄り添いあっていた。
「大切にしてね」
彼の声に、私は素直に「うん」と頷いた。
花瓶に生けられた花は、一週間かそこらであっさり萎びてしまった。俯くように枯れてしまった花を見て日和くんへの執着がいっそう強くなってしまったのは、果たして彼の思惑のうちだっただろうか。彼はそれ以来何度も、花瓶に生けるための花を家へ持って来るようになったのだった。