折り紙のなかに愛を
折り紙を折る。正方形の紙を半分に折って長方形をつくる。再び広げて、折り目へ角を合わせるように折る。ちょうどお家みたいな形になるようにふたつの角を折り曲げたら、次は真ん中の折り目に合わせて更に両端を折り曲げる。もう一回、同じように両端を折る。そうして半分に折り曲げてみると、紙ひこうきが出来上がる。私はそれを思いきり空へ飛ばしてみた。
へろへろと死にかけの蚊みたいな動きをして宙をさまよった紙ひこうきは、パタリとあっさり地面へ落ちてしまった。こんなものか。と重い腰を上げて拾いに行こうとすると、ジャリ、と公園の砂を踏む革靴の音がした。
私はベンチから立ち上がるのをやめ、顔を上げず、その足もとだけを見ていた。夕暮れの陽射しを受けて、革靴はきらきら光って見える。
「こんなところにいたんだね」
真っ直ぐ透き通るような声は、迷いなく私の鼓膜を震わせた。私が何も言えないでいると、彼は地面に落ちた紙ひこうきを拾った。
「逃げられると思った? もしそうだとしたら、ぼくを侮りすぎだね」
「ううん、探さないと思ったの」
私のことなんて……とは、怒られそうなのでわざわざ口にはしなかった。けれど言外に伝わりはしただろう。日和くんは紙ひこうきが落ちた場所から一歩も私に近づかないまま、いつもより沈んだ声を発した。怒りと悲しみとがごちゃ混ぜになっているような声だった。
「どうして……? どうしてそんなことを言うの? どうして、ぼくがきみを探さないと思ったの? ねぇ、どうして? ぼくの愛はきみにちっとも届いていなかったの?」
悲痛な言葉に対し、胸が引き裂かれるように痛む。ううん、きっと実際に引き裂いてしまったほうがずっとましだろう。私は膝の上で固く拳を握り締め、震える声で打ち明けた。
「ううん。違うの、でも愛し合ってるだけじゃどうにもならないことだって、あるでしょ? 日和くん」
「ない、そんなものはないね、少なくともぼくときみの間には」
「……私じゃないひとと結婚するのに?」
「…………は、」
私はとうとう顔を上げた。夕陽が彼の若草色の髪を染めて輝いている。眩しさに目が痛くて、私はそのまま涙をこぼしてしまった。それでも一度合わせた目は逸らせなかった。
「お家のことがあるから、きちんとした家のひとと結婚するんでしょ。もしそれが愛のない、形だけの結婚だったとしても、私はきっと受け入れられない。だからごめんなさい、もうやめよう」
私が必死に言葉を繋いでそう言うと、日和くんはくしゃりと顔を歪めた。ぎゅっ、とその手に持っていた紙ひこうきが握り潰される。革靴が音を立てて一歩を踏み出す。
「ぼくが……今さら、きみ以外のひとと一緒になれるだなんて、本気で思う? やっぱり伝わってなかったんだね。ぼくはもうなんて言われようと、たとえ形だけであろうと、きみ以外と生きていくつもりはないね」
日和くんはずかずかと私の目の前までやって来ると、あろうことか跪いて私の手を取った。すみれ色の綺麗な瞳がまっすぐに私だけを映している。
「どこから聞きつけたのか知らないけれど。もう相手がいるからって、打診されたお見合いの話は全部断っちゃったね。……きみとならこの先ずっと、一生そばにいたいって思えるの。ぼくだけだった?」
その瞳が幽かに揺らめくのを見て、私は咄嗟に彼の手を握り返した。
「違う、私も……! ずっとそばにいたいよ、でもそれが日和くんの幸せの邪魔になるのは嫌だったの」
「心配されなくても、ぼくは自分でちゃんと幸せになるね。でもそこにきみがいてほしい。何にも考えないで、素直にはいかいいえで答えてほしいね」
ぎゅ、と重ね合わせた手のひらから体温が伝わる。私はますます溢れてくる涙をそのままに、こくりと頷いた。
「はい……そばに、いさせてください」
「うんうん、最初っからそれだけで十分なのにね。……ほら、手を繋いで一緒に帰ろうね。きみが勝手にいなくなっちゃうからあちこち探し回ってもうヘトヘトだね!」
手を握り直し、ようやくベンチから立ち上がる。そしてふと思い出し、彼の手に握られたままの紙ひこうきを見た。
「あの……その紙ひこうき、捨てとくから……その、返してほしいな」
「あぁ、ごめんね。潰しちゃった……うん? これ、中に何か書いてあるのかね?」
「あっやだ見ないで!」
日和くんは紙ひこうきを呆気なく広げ、その中に書いていた未練がましい私の思いを見てしまった。ことが済んだ後に見られることほど恥ずかしいものはない。私が取り返そうとしても日和くんは紙ひこうきを私の手の届かない高いところへ持ち上げ、ちっとも返してくれなかった。
「ふふ、これくらい素直に言えたらいいのにね? これは大事にしまっておこうね」
「見せるつもりじゃなかったのに……でもいいや、どうせ日和くん宛てだし」
顔が赤くなってしまうのもどうにもできず、こうなったら日和くんから取り返すなんて無理だろうと諦め息を吐いた。日和くんは折り紙を丁寧に折り、ジャケットの胸ポケットへしまう。そして心底幸せそうな笑顔で私を見た。
「ぼくもきみが大好き、愛してるからね」
その声はいつも通り、いやいつもよりワントーン高くて、まるで跳ねるような軽快さと液体のような軟らかさを含んでいた。その言葉がすんなり私のこころへ染み込んでくると、なんだかまた涙が溢れてきてどうしようもなくなってしまうのだった。子どもの黄昏泣きのように泣きじゃくる私を、日和くんは笑って抱き締めてくれた。
へろへろと死にかけの蚊みたいな動きをして宙をさまよった紙ひこうきは、パタリとあっさり地面へ落ちてしまった。こんなものか。と重い腰を上げて拾いに行こうとすると、ジャリ、と公園の砂を踏む革靴の音がした。
私はベンチから立ち上がるのをやめ、顔を上げず、その足もとだけを見ていた。夕暮れの陽射しを受けて、革靴はきらきら光って見える。
「こんなところにいたんだね」
真っ直ぐ透き通るような声は、迷いなく私の鼓膜を震わせた。私が何も言えないでいると、彼は地面に落ちた紙ひこうきを拾った。
「逃げられると思った? もしそうだとしたら、ぼくを侮りすぎだね」
「ううん、探さないと思ったの」
私のことなんて……とは、怒られそうなのでわざわざ口にはしなかった。けれど言外に伝わりはしただろう。日和くんは紙ひこうきが落ちた場所から一歩も私に近づかないまま、いつもより沈んだ声を発した。怒りと悲しみとがごちゃ混ぜになっているような声だった。
「どうして……? どうしてそんなことを言うの? どうして、ぼくがきみを探さないと思ったの? ねぇ、どうして? ぼくの愛はきみにちっとも届いていなかったの?」
悲痛な言葉に対し、胸が引き裂かれるように痛む。ううん、きっと実際に引き裂いてしまったほうがずっとましだろう。私は膝の上で固く拳を握り締め、震える声で打ち明けた。
「ううん。違うの、でも愛し合ってるだけじゃどうにもならないことだって、あるでしょ? 日和くん」
「ない、そんなものはないね、少なくともぼくときみの間には」
「……私じゃないひとと結婚するのに?」
「…………は、」
私はとうとう顔を上げた。夕陽が彼の若草色の髪を染めて輝いている。眩しさに目が痛くて、私はそのまま涙をこぼしてしまった。それでも一度合わせた目は逸らせなかった。
「お家のことがあるから、きちんとした家のひとと結婚するんでしょ。もしそれが愛のない、形だけの結婚だったとしても、私はきっと受け入れられない。だからごめんなさい、もうやめよう」
私が必死に言葉を繋いでそう言うと、日和くんはくしゃりと顔を歪めた。ぎゅっ、とその手に持っていた紙ひこうきが握り潰される。革靴が音を立てて一歩を踏み出す。
「ぼくが……今さら、きみ以外のひとと一緒になれるだなんて、本気で思う? やっぱり伝わってなかったんだね。ぼくはもうなんて言われようと、たとえ形だけであろうと、きみ以外と生きていくつもりはないね」
日和くんはずかずかと私の目の前までやって来ると、あろうことか跪いて私の手を取った。すみれ色の綺麗な瞳がまっすぐに私だけを映している。
「どこから聞きつけたのか知らないけれど。もう相手がいるからって、打診されたお見合いの話は全部断っちゃったね。……きみとならこの先ずっと、一生そばにいたいって思えるの。ぼくだけだった?」
その瞳が幽かに揺らめくのを見て、私は咄嗟に彼の手を握り返した。
「違う、私も……! ずっとそばにいたいよ、でもそれが日和くんの幸せの邪魔になるのは嫌だったの」
「心配されなくても、ぼくは自分でちゃんと幸せになるね。でもそこにきみがいてほしい。何にも考えないで、素直にはいかいいえで答えてほしいね」
ぎゅ、と重ね合わせた手のひらから体温が伝わる。私はますます溢れてくる涙をそのままに、こくりと頷いた。
「はい……そばに、いさせてください」
「うんうん、最初っからそれだけで十分なのにね。……ほら、手を繋いで一緒に帰ろうね。きみが勝手にいなくなっちゃうからあちこち探し回ってもうヘトヘトだね!」
手を握り直し、ようやくベンチから立ち上がる。そしてふと思い出し、彼の手に握られたままの紙ひこうきを見た。
「あの……その紙ひこうき、捨てとくから……その、返してほしいな」
「あぁ、ごめんね。潰しちゃった……うん? これ、中に何か書いてあるのかね?」
「あっやだ見ないで!」
日和くんは紙ひこうきを呆気なく広げ、その中に書いていた未練がましい私の思いを見てしまった。ことが済んだ後に見られることほど恥ずかしいものはない。私が取り返そうとしても日和くんは紙ひこうきを私の手の届かない高いところへ持ち上げ、ちっとも返してくれなかった。
「ふふ、これくらい素直に言えたらいいのにね? これは大事にしまっておこうね」
「見せるつもりじゃなかったのに……でもいいや、どうせ日和くん宛てだし」
顔が赤くなってしまうのもどうにもできず、こうなったら日和くんから取り返すなんて無理だろうと諦め息を吐いた。日和くんは折り紙を丁寧に折り、ジャケットの胸ポケットへしまう。そして心底幸せそうな笑顔で私を見た。
「ぼくもきみが大好き、愛してるからね」
その声はいつも通り、いやいつもよりワントーン高くて、まるで跳ねるような軽快さと液体のような軟らかさを含んでいた。その言葉がすんなり私のこころへ染み込んでくると、なんだかまた涙が溢れてきてどうしようもなくなってしまうのだった。子どもの黄昏泣きのように泣きじゃくる私を、日和くんは笑って抱き締めてくれた。