臆病なりの愛
ある日、付き合いだしてから初めて、彼のひとり暮らしのマンションに遊びに行った。遊びに行ったというよりは、いつも通り駅のホームまで送ってくれた零に、私が「帰りたくない」と我儘を言っただけだった。
零は少し困ったように笑ってから、私の頭をくしゃくしゃと撫でて「では我輩のお家でのんびりするかえ」と家まで連れて帰ってくれたのだった。
「お邪魔します……」
「どうぞ。大したものはないがの」
靴を脱いで家に上がると、零は私の手を取ってリビングに案内した。ひとり暮らしにしては随分大きなテレビとソファ、あまり使ってないらしい綺麗なキッチンと、目につくのはそれくらいしかない。
「綺麗にしてるんだね」
「う〜む、と言うよりは、ただ物が少ないだけじゃよ」
「うん……確かにそれはそうなのかもしれないけど……でも、物が少なくても零の匂いはするんだね」
「えっ、うそ。くさい?」
「くさくないよ」
荷物を置いてソファの端にちょこんと腰を下ろす。零はちょっと迷ってから、私の隣に腰掛けた。わずかに間を空けて座られたので、私のほうから彼に近づきその肩に頭を預けた。
「ん〜……あの、あんまり……近づかれるとドキドキしちゃうんじゃけど……」
「ふふ、なんで?」
「だって好きなんじゃもん……いつまで経っても慣れん」
膝の上で固く握られたこぶしに、そっと手のひらを重ねてみる。恐る恐る開かれた彼の手の、綺麗な長い指に自分の指を絡めた。彼の手のひらは珍しく熱くなっている。
「零」
「うん?」
「……キスしてもいい?」
「もちろん」
顔を上げて目を瞑れば、すぐに柔らかな感触が唇に触れる。キスなんて手を繋ぐのとなんにも変わらないはずなのに、なぜだか嬉しくて幸せでたまらなくなる。零は空いた方の手を私の頬に添えて、何度も何度も啄むようなキスをした。
「……むぅ、いかん。止まらなくなる」
「あはは、別にいいのに。だってふたりきりじゃんか」
「それはそうじゃけども」
零は一度唇を離し、また、困ったような微笑みを浮かべた。今度は私のほうから彼の唇へ軽くキスをする。
「たくさんして、キスもハグも」
「……」
「零?」
私の我儘に、零は何故か何も言わず黙り込んでしまった。少し俯いた彼の顔を覗き込もうとすると、彼はがしりと私の肩を掴む。
「あんまり誘惑しないでおくれ、なまえ。これでも理性を保つのに必死なんじゃよ」
「……別にそこまで我慢しなくたって」
「すまんのう、臆病な我輩を赦しておくれ」
零は眉尻を下げてそう言って、私の額に唇を当てた。私が不満を顔に出したまま手を広げると、案外素直にハグをしてくれた。
「今宵はゆっくり、寄り添っておねんねしようぞ」
「ん……わかった」
「ありがとう」
結局、お風呂も別に入って、ごく健全に彼のベッドで寄り添って何事もなく夜を明かした。朝、やけにうるさい鳥のさえずりで目を覚ますと、私は彼の胸もとを枕にしていた。彼はうっすらとその顎に髭をたくわえて、しかし赤ん坊のような無垢な顔で眠っている。じっと寝顔を見つめていても、彼が起きるようすはなかった。
「……ふふ、だいすき」
未だに手は出してもらえないけれど、ハグとキスしかしていないけれど、それだって案外悪くないかもしれない。きっとそれも彼なりの愛の証なのだろうから。
零は少し困ったように笑ってから、私の頭をくしゃくしゃと撫でて「では我輩のお家でのんびりするかえ」と家まで連れて帰ってくれたのだった。
「お邪魔します……」
「どうぞ。大したものはないがの」
靴を脱いで家に上がると、零は私の手を取ってリビングに案内した。ひとり暮らしにしては随分大きなテレビとソファ、あまり使ってないらしい綺麗なキッチンと、目につくのはそれくらいしかない。
「綺麗にしてるんだね」
「う〜む、と言うよりは、ただ物が少ないだけじゃよ」
「うん……確かにそれはそうなのかもしれないけど……でも、物が少なくても零の匂いはするんだね」
「えっ、うそ。くさい?」
「くさくないよ」
荷物を置いてソファの端にちょこんと腰を下ろす。零はちょっと迷ってから、私の隣に腰掛けた。わずかに間を空けて座られたので、私のほうから彼に近づきその肩に頭を預けた。
「ん〜……あの、あんまり……近づかれるとドキドキしちゃうんじゃけど……」
「ふふ、なんで?」
「だって好きなんじゃもん……いつまで経っても慣れん」
膝の上で固く握られたこぶしに、そっと手のひらを重ねてみる。恐る恐る開かれた彼の手の、綺麗な長い指に自分の指を絡めた。彼の手のひらは珍しく熱くなっている。
「零」
「うん?」
「……キスしてもいい?」
「もちろん」
顔を上げて目を瞑れば、すぐに柔らかな感触が唇に触れる。キスなんて手を繋ぐのとなんにも変わらないはずなのに、なぜだか嬉しくて幸せでたまらなくなる。零は空いた方の手を私の頬に添えて、何度も何度も啄むようなキスをした。
「……むぅ、いかん。止まらなくなる」
「あはは、別にいいのに。だってふたりきりじゃんか」
「それはそうじゃけども」
零は一度唇を離し、また、困ったような微笑みを浮かべた。今度は私のほうから彼の唇へ軽くキスをする。
「たくさんして、キスもハグも」
「……」
「零?」
私の我儘に、零は何故か何も言わず黙り込んでしまった。少し俯いた彼の顔を覗き込もうとすると、彼はがしりと私の肩を掴む。
「あんまり誘惑しないでおくれ、なまえ。これでも理性を保つのに必死なんじゃよ」
「……別にそこまで我慢しなくたって」
「すまんのう、臆病な我輩を赦しておくれ」
零は眉尻を下げてそう言って、私の額に唇を当てた。私が不満を顔に出したまま手を広げると、案外素直にハグをしてくれた。
「今宵はゆっくり、寄り添っておねんねしようぞ」
「ん……わかった」
「ありがとう」
結局、お風呂も別に入って、ごく健全に彼のベッドで寄り添って何事もなく夜を明かした。朝、やけにうるさい鳥のさえずりで目を覚ますと、私は彼の胸もとを枕にしていた。彼はうっすらとその顎に髭をたくわえて、しかし赤ん坊のような無垢な顔で眠っている。じっと寝顔を見つめていても、彼が起きるようすはなかった。
「……ふふ、だいすき」
未だに手は出してもらえないけれど、ハグとキスしかしていないけれど、それだって案外悪くないかもしれない。きっとそれも彼なりの愛の証なのだろうから。