彼女は何故か猫に好かれやすい。彼女曰く、触り方や接し方にコツがあるのだとか。それは別に興味もないが、街で野良猫を見つけるたび追いかけて猫と戯れ、しかもそれがかなり長時間になるので正直複雑な心境だった。

デートのときでも猫を見かけると俺のことなどすぐに忘れてしまう。『可愛いねぇ別嬪さんだねぇ』なんて甘い声で話しかけながらニコニコしているのを横で見ていると、どうしてその視線の先が俺ではないのかと胸がムカムカしてくる。

「……まァ、零にいさんの頼みなら聞くけどサ。ハイ、これが頼まれてた薬。効果はそんなに続かないから飲む時はお家でネ。往来で全裸になったら大変だかラ」
「おお! まさか本当にできるとはのう、流石は逆先くんじゃ。ありがとう、大事に使わせてもらうぞい」

 わざわざ愛し子に頼ってまで入手したのは、とても現実になるとは思ってもみなかったが、猫になる薬だった。逆先くんから薬を受け取ってルンルン気分で帰宅し、薬を飲む。今日は予め彼女に家に来てほしいと伝えておいたので、家に来た彼女に猫の姿で思う存分甘やかしてもらおうという算段だ。

 小瓶に入った不思議な味の薬を一気に飲み干すと、なんだか頭がくらくらしてくる。一度ソファに座ってドキドキしながら待っていたが、急に眠気が襲ってきて、気がつけばそのまま眠ってしまっていた。そして次に目を覚ますと、俺は彼女の柔らかな膝の上にいた。

「!?」
「わっ、起きちゃった? よ〜しよしよし、怖くないよ〜」
「ンナァ……」
「んー?」

彼女を呼んだつもりだったが、俺の喉が発したのは可愛らしい猫撫で声だった。俺が硬直していると、彼女は俺の脇に手を入れてひょいと抱き上げた。そして鼻先をくっつけ、にこっと笑う。

「美猫さんだねぇ、どこから入って来ちゃったの? 零がどこいるか知らない?」
「にゃう」
「ふふ、おしゃべりできるの? すごいねぇ、いい子いい子」

 彼女は俺をひざの上に下ろすと、また優しい手つきで背中を撫でてくれた。背中だけじゃなく、その細い指先で顎の下や眉間の辺りをくすぐるように撫でられると、もう今にも気持ちよさで昇天してしまいそうなほどだった。なるほどこれは猫も懐いてしまうわけだ。あまりにテクニシャンすぎる。

「黒猫ちゃんやっぱ可愛いなぁ、ふふ、なんか零に似てる」
「にゃーぅ」
「れいちゃ〜ん、よしよし」
「にゃ」

ころんとひっくり返って腹を見せてみると、彼女は嬉しそうな声をあげておそるおそるお腹をわしゃわしゃと撫でてくれた。その手にちいさな肉球でもって軽くじゃれつく。なんだかだんだん楽しくなってきて、彼女の手にあむあむと甘噛みをしたりしてみた。

「や〜〜も〜〜なに、なんなのきみ、そんな可愛いことして!」
「うにゃうにゃ」

 そうじゃろう可愛いじゃろうと自信満々にころころしてみるものの、やはり、どこか虚しい。普段俺が甘噛みでもしたら「痛い、やめて」と言い、可愛こぶろうものなら「ちょっとキツい」なんて言ってくるくせに、見た目が猫になっただけでこの態度だ。

「……ね〜、ねこちゃん。零のこと知らない? 呼んどいていないんだよね。……お仕事かなぁ」
「にゃう」
「…………ねぇ聞いてくれる? 零って……私の彼氏ってね。すっっっごくかっこいいの。たまに本気で馬鹿なこともするけど、でもいっつもかっこよくて……可愛くて、……大好きなの。大好きなんだけど、いっつも私照れちゃって……わざと冷たくしちゃったりとか、全然素直になれないんだよね……恥ずかしくて」

彼女は俺の顎をこちょこちょと撫でながら、なんとも悩ましげな表情でそんなことを語った。思いもよらず彼女の本音を暴いてしまったので、俺はすっかり驚いて彼女を見つめていた。

「子どもみたいだよね。ちゃんと、好きなら好きって素直に言いたいのにな……でも愛されてるって思いたいから、ちょっと雑に扱って許されるって安心したいのかも。何にせよほんとみっともないよね……零はちゃんと面と向かって、すきとか愛してるとかって言ってくれるのに」

 俺が彼女を見つめて黙っていると、彼女は俺の視線に気づきぎこちなく微笑んだ。俺は今ばかりは自分の口が人語を喋れないことがもどかしくて仕方なかった。

「んぐるる」
「うん? どうしたの?」
「なぁう!」

身体を起こし、彼女の胸もとへ前足をかけてちいさな身体をぐっと伸ばす。彼女の腕に支えられながら、何とか彼女の口もとをサリサリと舐めた。

「んぅ、……っふふ、なぁに、慰めてくれるの?」
「んにゃ」
「ん〜ありがとね。零が帰って来たら、私もたまには自分からキスしてみようかな……できないかもだけど」
「にゃう!」

彼女は照れくさそうに笑って、俺のちいさなおでこにちゅっと唇を寄せた。

「……それにしてもいつ帰ってくるのかなぁ」
「ん、」

 また可愛い声で鳴こうとしたとき、突然ポンッと水素が弾けるような音がした。そして瞬きの間に目線が彼女より高くなる。俺は全裸で彼女にまたがっている体勢のまま硬直してしまった。彼女も驚いてあんぐりと口を開け俺を見つめる。そして数秒してからみるみるうちに顔を赤くしてそっぽを向いた。

「なに!? どういうこと!? 服着てよこの変態!!」
「へっ、別に良いじゃろさっきまでも全裸だったんじゃから!」
「よくないしなんで人間が猫になるわけ!? 意味わかんないどいて! バカ! 露出狂!」

 いつも通りの罵声だったが、さっきまでの告白を聞いてからだとなんだかいつもに増して可愛らしく感じる。とは言え全裸のままでは彼女も落ち着かないだろう。ソファの陰にあった下着と服を着てから、改めて彼女と向き合った。

「……さっきのねこちゃん、零だったの?」
「そうじゃよ、プリティだったじゃろ」
「うん……意味わかんないけど」

彼女は小声で呟き、ため息をついてから顔を上げる。そして俺の両頬を手で包み込み、ぐっと背伸びをして唇を重ねてきた。

「……そ、そういうことだから。じゃあもう帰るから!」

真っ赤な顔でそう言って、彼女はバタバタと荷物を持って逃げようとする。が、すかさず腕を掴んで引き寄せた。

「素直にすきと言ってくれるのではなかったのかえ」
「い……言えたらいいなってだけだし」
「じゃあ言えばいいじゃろ。ほれ、聞かせておくれ」
「…………もう、ばか……大好き」

 可哀想なほど真っ赤な顔でそう言うので、あまりの可愛さに思わずぎゅうっと抱き締めてしまった。

「もう、なんでそんなに可愛いんじゃ!」

もう俺が何を言っても、彼女は真っ赤なまま押し黙るだけで、何も返しては来なかった。それでもその表情から愛が伝わってくるので十分だ。