恋に嫉妬はつきものだと思う。そもそも、恋なんて自分本位でしかないのだ。相手を手に入れたい、独占したい、自分だけを見てほしい──そういう自分本位な欲しかない恋なんて、みっともないし傲慢だ。

 それよりもきっと愛のほうが良い。相手をそのまま、ありのまま許容して慈しむようなやさしい愛が良い。だから私は彼に恋をしているんじゃない、彼を愛しているのだ。そう信じ込んでいたし、そうありたいと望んでいた。しかし今私の胸のうちにあるのは、とても優しく穏やかな愛とは言えない醜いものだった。

「……ふぅ。やめよやめよ、仕事だもんね」

 繰り返し観てしまっていた彼の出ている新曲のMVを閉じ、溜息をつく。スマホはテーブルの上に置いて、気を紛らわすためにこの前彼が生けていった花の水を替えようと立ち上がる。花瓶から花を抜き取り、少し濁った水を捨てて新しい水を瓶にいれる。そして彼の選んでくれた花たちを元に戻し、少し崩れた形を簡単に直して元の位置に戻した。

 ──翌日、珍しくオフが重なったので日和くんが家に遊びに来てくれた。どこかへ遊びに行こうかとも言われたのだけれど、あまり遠出してはしゃぐような気分でもなかったので、私が家でゆっくりしようと提案したのだった。

「お邪魔するね! えいっ!」
「わっ、なになに」

日和くんは玄関に上がるなり、ドアを閉めてすぐ私を抱き寄せた。ふわふわの髪が首もとをくすぐる。私は困惑しつつも彼を受け止め、そっと背中に手を回して抱き締め返した。こうしていると世界で一番幸せだと思えるのに、どうして私の胸の奥底にはいつまでも黒い煙が燻っているのだろう。

「……日和くん、一旦離れて。ちゃんと中入ってゆっくりしよ?」
「ふふ、そうだね。あんまりきみが恋しくてつい抱きしめちゃった」
「もう」

 身体を離す。彼の温度が離れると、ほんの少しの距離でも心が嘆く。でもそんなことは彼に知られたくなかった。彼の手を取って、狭いワンルームにある自分のベッドの縁に並んで腰掛ける。家賃の安い手狭な部屋に彼がいるのは、やっぱり何度見てもなんだかちぐはぐだ。

「……お茶、いれてくるね。この前持って来てくれた茶葉がまだ……」
「なまえちゃん」

私が立ち上がり台所へ行こうとすると、日和くんはやんわりとそれを阻み、私の手首を捕まえてベッドに座らせた。アメジストのような瞳がまっすぐに私の瞳を見つめる。

「日和くん?」

 睫毛すら触れそうなほどの距離だった。彼に見つめられていると、柔らかな羽毛に包まれているようなあたたかさと安心感と、胸をやんわりつぶすようなときめきでいっぱいになる。けれどこの距離すら他に許したくせに──なんて、今はそんな醜いことを考えてしまうのだ。だからすぐに目を逸らした。醜さが彼の光で照らされてしまわないように。

「……いいよ、目を閉じていても許してあげる」

日和くんは穏やかにそう囁いて、私の唇に触れた。私は固く目を閉じたまま、彼の肩に手を置いてされるがままになっていた。

 何度も何度も角度を変えて、日和くんは私にキスをした。私をベッドに押し倒し、それでも尚繰り返し優しいキスを落とす。羽でくすぐるような柔らかな感触に、だんだん力が抜けてくるのがわかった。

「ん、……っん、ひよ、……日和くん、ちょっと待って」
「なぁに?」
「なぁに、じゃなくて……今日はどうしたの? そんなにキス好きだったっけ……?」
「きみにならね」

日和くんは間近で笑って、また唇を重ねる。そして私の額にキスをすると、一度顔を離してまた綺麗な微笑みを浮かべた。

「なまえちゃん、ぼくはね、きみとなら何度でもいつでもキスがしたいって思うね。キスが好きなんじゃなくてきみが好きなの。それはちゃんとわかっておいてね」
「…………うん」

 きっと、宝石のような瞳には何もかもお見通しだったのだろう。私が素直に頷けば、日和くんは満足そうに笑ってまたキスをしてきた。

「日和くん」
「なぁに、なまえちゃん」
「……めんどくさくて、ごめんね。大好きだよ」

私が目を見てちいさな声でそう言うと、日和くんは目を細めて私の頬をさらりと撫でる。手のひらはあたたかくて、胸のうちに燻っていたそれをやさしく溶かしつくしてしまった。

「ふふっ、かぁわいい。ぼくも大好きだね!」

 彼の声も言葉もその体温すらもまっすぐに愛を伝えてくれるのに、私はきっとどこかでまだ彼に恋をしている。それなのにそんな醜さすら「可愛い」で済まされてしまうのだから、あまり深く考えすぎるのも良くないのかもしれない。彼の腕に抱き締められ、窓の外から差し込む温かな日光のなか黙って目を閉じた。