「そういえば」

 と、私はほとんど何も考えないで口を開いた。目の慣れた薄暗闇のなか、すぐそばに寄り添って寝そべる彼の艶やかな銀髪を一束指先に絡める。

「今日……もう昨日? 中秋の名月だったんだっけ」
「……そうだね。とても綺麗に出ていたよ」
「あれ、見たの?」
「うん。ここに来る前に、日和くんと」

なるほど、と小さく相槌をうって彼の髪を手放した。身体を起こし短く息を吐く。彼はまるで大きな猫のような視線を私に寄越したまま、無言でじっと動かずにいた。ベッドの下に脱ぎ散らかされたキャミソールと下着を身にまとい、ピタリと閉じられたカーテンに手を伸ばす。

 カーテンの隙間から覗き見た夜空には、ぽかんと穴が空いてしまったようにまんまるな月が浮かんでいた。

「わー……」

カーテンの端を両手で摘んだまま、月並みだけれど綺麗な白色を見つめて微かに声を漏らす。すると不意に背中をぬくもりが覆い、僅かに湿気を含んだ銀髪がさらりと私の肩口をくすぐった。私の頭に顎を乗せた凪砂くんは、きっとその瞳に月を映しているのだろう。

彼の大きな手が背後から包み込むように私の手に触れ、指を絡ませる。ゆっくりと規則的に伝わる彼の心音が心地良かった。

「……うん。やっぱり綺麗」
「…………ね、凪砂くんは、月、うさぎに見える?」
「うさぎ?」
「そう。満月でこんなに綺麗に出てると、模様も良く見えるでしょ? あれが餅をついてるうさぎに見える人もいれば、人の横顔に見えたり、カニに見えたりとか……」

 私は絡めた指をきゅっと握りしめて、ほんの少し笑う。凪砂くんも後ろでくすりと微笑み、私の肩に顎を乗せた。

「君にはどう見えてるの? 私には、ただのクレーターにしか見えないけれど」
「そう? よく見て。あそこが耳で、それでそこから……」

私が丁寧に解説をしようと彼の顔に自分の顔を寄せると、自然な流れでくちびるを奪われた。思わず呆気に取られて凪砂くんの顔を見つめる。その濃いはちみつみたいな瞳は、悪戯が成功した子どもみたいに楽しげだった。

「……もう。月なんて興味無い?」
「ふふ、ごめんね、つい。君の見えてるものにはとても興味があるよ。これは本心」
「今は凪砂くんしか見えないけどね」

窓に背を向けて彼に向き直り、その首に腕を回す。凪砂くんは私の背に腕を回して身体を抱き寄せると首すじへ頭を擦り寄せてきた。その髪を撫で、また顔を上げた彼と磁石が引き合うようにキスをする。

 月もうさぎも、もうすっかり蚊帳の外だ。