魔除けなんて
あ、と幽かに声をあげた。彼女はまるで動物のようにほんの少し顎を上向けてスンと鼻を鳴らす。そうして柔らかな笑みを咲かせ、こちらを見た。
「ねぇ、金木犀の匂い」
「……本当かや?」
「ほんとほんと。どこかな……あっ、あれか」
俺が金木犀の香りを掴もうとマスクの鼻先をつまんで外の空気を嗅いでいる隙に、彼女は道端の金木犀を見つけてそちらへ駆け寄った。着いていくと確かに、金木犀の甘い香りとともにオレンジ色の小さな花を見つけた。
「秋だね」
「そうじゃのう……しかし改めて嗅いでみると香りがちとキツくないかえ? 風情というにはやや甘ったるすぎる」
「そう? ふふ、金木犀って魔除けの効果もあるらしいし、零が『除け』られてるのかもね」
「魔除け? 生意気じゃな、こんなかわゆい見た目をしておるくせに」
マスクを定位置に戻し、じと、っと金木犀の花を見つめる。マスクの布一枚を隔てても香ってくる重い香りは、魔除けと言わず何もかもを排除してしまいそうだ。しかし彼女のほうに目をやれば、愛おしげに目を細めて小指のつま先ほどしかない花弁を指の背で撫でているではないか。
「……実家の近くに木が生えてたから、この香りがすると秋だなぁって思うようになってるのかも」
「ほう」
「私は好きなんだけどなぁ。きらい?」
「嫌いとは言わぬけれども。我輩、魔除けされちゃっておるし」
彼女の冗談をひきずって肩を竦めると、彼女はくすくす笑って俺の方へ戻ってきた。ほんのり、金木犀の甘い香りがする。
「あぁ、おぬしについた残り香くらいがちょうどいいのう」
「そう?」
うむ、と返事をして彼女の腰に腕を回し、潰してしまわないよう慎重に抱き寄せる。その柔肌や髪から香るのは、優しくも甘ったるく、しかし魔除けというほどの冷たさはないやわらかな秋の香りだった。
「毎回私経由で嗅いでたら、いつか別れたあと、金木犀を見るたびにげんなりすることになるよ」
「くく、心配ご無用じゃ。天地がひっくり返っても別れたりせんからの」
「すぐそういうこと言う。どっからくるの、その自信」
「逆に聞きたいんじゃけど、我輩と無事に別れられるという自信はどっからくるんじゃ」
指を互い違いに絡めて、ぎゅ、と強めに握る。何があろうと離してやらんからなという意味を込めて彼女をじっと見つめた。すると彼女は観念したように笑って、子犬がじゃれるように軽く体当たりをしてくる。
「やっぱこんな小さい可愛い花じゃ、魔除けなんかできないんじゃん」
「くく、そうじゃな」
「まぁ別にいいけど」
彼女についた甘い残り香は、ふたりで寄り添って歩いているうちにものの数分で消えてしまった。
「ねぇ、金木犀の匂い」
「……本当かや?」
「ほんとほんと。どこかな……あっ、あれか」
俺が金木犀の香りを掴もうとマスクの鼻先をつまんで外の空気を嗅いでいる隙に、彼女は道端の金木犀を見つけてそちらへ駆け寄った。着いていくと確かに、金木犀の甘い香りとともにオレンジ色の小さな花を見つけた。
「秋だね」
「そうじゃのう……しかし改めて嗅いでみると香りがちとキツくないかえ? 風情というにはやや甘ったるすぎる」
「そう? ふふ、金木犀って魔除けの効果もあるらしいし、零が『除け』られてるのかもね」
「魔除け? 生意気じゃな、こんなかわゆい見た目をしておるくせに」
マスクを定位置に戻し、じと、っと金木犀の花を見つめる。マスクの布一枚を隔てても香ってくる重い香りは、魔除けと言わず何もかもを排除してしまいそうだ。しかし彼女のほうに目をやれば、愛おしげに目を細めて小指のつま先ほどしかない花弁を指の背で撫でているではないか。
「……実家の近くに木が生えてたから、この香りがすると秋だなぁって思うようになってるのかも」
「ほう」
「私は好きなんだけどなぁ。きらい?」
「嫌いとは言わぬけれども。我輩、魔除けされちゃっておるし」
彼女の冗談をひきずって肩を竦めると、彼女はくすくす笑って俺の方へ戻ってきた。ほんのり、金木犀の甘い香りがする。
「あぁ、おぬしについた残り香くらいがちょうどいいのう」
「そう?」
うむ、と返事をして彼女の腰に腕を回し、潰してしまわないよう慎重に抱き寄せる。その柔肌や髪から香るのは、優しくも甘ったるく、しかし魔除けというほどの冷たさはないやわらかな秋の香りだった。
「毎回私経由で嗅いでたら、いつか別れたあと、金木犀を見るたびにげんなりすることになるよ」
「くく、心配ご無用じゃ。天地がひっくり返っても別れたりせんからの」
「すぐそういうこと言う。どっからくるの、その自信」
「逆に聞きたいんじゃけど、我輩と無事に別れられるという自信はどっからくるんじゃ」
指を互い違いに絡めて、ぎゅ、と強めに握る。何があろうと離してやらんからなという意味を込めて彼女をじっと見つめた。すると彼女は観念したように笑って、子犬がじゃれるように軽く体当たりをしてくる。
「やっぱこんな小さい可愛い花じゃ、魔除けなんかできないんじゃん」
「くく、そうじゃな」
「まぁ別にいいけど」
彼女についた甘い残り香は、ふたりで寄り添って歩いているうちにものの数分で消えてしまった。