「なまえさん、こんにちは」

病室の戸を開け、静かに挨拶をする。病床に臥せったままの彼女は、見えないくせにおれのほうを見て、微笑んだ。ベッド脇にあるサイドテーブルの上には、前におれが持ってきた花がまだ飾られている。

パイプ椅子に座り、荷物を置いて彼女の手に触れた。彼女は確かめるようにおれの手の輪郭をなぞる。

「ひなたくんだ」
「ええ、なんでわかるの? 実は見えてる?」

くすくす笑って、驚かせないよう恐る恐る彼女の頬に手を添える。彼女は心地良さそうに笑って、おれの手に擦り寄ってくれた。

彼女の目が見えなくなったのは、三ヶ月ほど前のことだ。もう、二度と見えるようにはならないらしい。詳しい病名は知らないけれど、もう見えないということだけ教えてもらった。

それ以来、暇があればいつも彼女の病室に来ている。点字の勉強を一緒にしたり、こうしてゆっくりお話をしたり。何をしていても、彼女は穏やかに微笑んでくれる。

元々、彼女はゆうたくんとおれの見分けが何故かついていた。見えなくなってしまって、もう見分けてもらえることもないんだなんて思っていたけれど、とんだ杞憂だった。見えないぶん、他の感覚が敏感になっているらしい。それにしても凄いと思うけど。

「今日は意識して、ゆうたくんの真似をしてみたんだけどなぁ」
「ふふ、だから静かに入って来たんだね。私、見えなくてもひなたくんだけはわかるよ」
「……どうして?」

答えに期待して甘い声で訊ねれば、彼女は仄かに頬を赤く染めて、柔らかく笑った。

「世界で一番好きだから」

気恥ずかしくなるような愛の言葉に、つい、おれも顔を赤くしてしまう。見えてなくて良かった、なんて狡いことを思いながら、距離を詰める。

「おれも、大好き」

唇が触れる直前でそう告白して、優しく触れるだけのキスをする。こうしてキスをするときには目を閉じるんだから、見えてなくたって何にも問題はない。

……見えてなくたって、確かに愛はここにあるんだから。


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