ゆらゆら、水面が揺れている。奏汰くんが水面に浮かんでいるのを見て、私はほとんど何も考えず水面に足をつけた。

「……なまえ?」

彼のゆったりした声が、私を呼ぶ。私が海に入って来たのを見ると、彼はぷかぷか、私に近づいてきた。そうして冷たい手で私の手を取り、穏やかに微笑む。

「なまえも、ぷかぷか、しますか?」
「うん。ぷかぷか、する」
「うふふ。ふたりだと、『しあわせ』ですね」

足のつかない深さまでいくと、私の頼りはもう奏汰くんだけ。ただでさえ着の身着のまま入ってしまったのだ、泳げない私は、彼に手を離されれば溺れてしまうだろう。

地面が遠くなると、まるで宇宙に放り出されたような不安感に襲われる。足が落ち着かない。身体を揺さぶる波が、時折襲うように荒くなるのが怖い。

「奏汰くん」

不安を拭うように強く手を握って、彼の名を口にする。彼はやはり幸せそうに微笑んだまま、私を見つめていた。

「奏汰くん、戻れなくなっちゃうよ」

随分遠くなってしまった陸を見て、私が焦りながら声を絞り出した。彼は掴んだ私の手を引き寄せて、水の中で私の体を抱き締める。

「うふふ。まだ『へいき』です」

細められた彼の瞳は、どこまでも透き通っていた。その瞳に魅入ってしまえば、もう彼を拒むことなど出来なかった。

「こわくないですよ」

甘く、彼の声が鼓膜を揺らす。ぎゅう、と体を抱き締められると、段々身体が溶けて、奏汰くんとの境界線がわからなくなっていくようだった。

「きもちいい、ですね」
「……うん」

柔らかな水の中で、ただ、目の前の奏汰くんしか見えない。こうしていれば、奏汰くんのことも全部理解できるような気さえした。

暫く沖のほうで、ふたりきりで身を寄せあい身体を浮かべていた。やがて、奏汰くんは私の唇にそっとキスをして、嬉しそうに笑った。

「からだが、『ひえて』しまいますね」
「……そうだね」
「なまえが『かぜ』をひくのは、『いや』です。……あったかいところにいきましょう」

キスの意味も曖昧なまま、奏汰くんに連れられて浅瀬へ戻る。海の向こうのほうには、まだ、奏汰くんとふたりで溶け合った残骸が残っている気がした。

「奏汰くん」

ひゅう、と冷たい潮風が吹きつける。奏汰くんは、砂浜でゆっくり私を振り返った。

「好き」

驚くほど自然に、そして単純に、心が言葉になって飛び出てきた。声はさらりと虚空へ消える。

「ぼくも、なまえが『だいすき』です」

彼は嬉しそうに目を細める。……あぁきっと、海の中のハグとキスで、奏汰くんの一部と私の一部が混ざってお互いの中へ入ってしまったのだ。だからこんなにも彼が愛おしくてたまらないのだろう。